一週間の猶予も過ぎ、残すは本番のみとなったリトルバスターズ。

 当日、幼稚園にて、あてがわれた部屋で待機していた。


「ヒュウッ、ついにこの日が来たぜ!」

「いや、むしろ、来ちまったと言った方が正しいような気がするんだが……」

「ここに来て、今更だけどホントにするんだね」

「実は夢だったとかそういうオチは期待できないんだな」

「何だ何だ? 緊張してんのか、そこの二人! 後、もうちょいで開演なんだから、もっとテンション上げてこうぜ! ヒャッホーゥ! リトルレンジャー最高ぅっ!」

「何だ? どうしたんだ、彼は? 徹夜してナチュラルハイにでもなっているのですか、西園さん?」


 打ち合わせ時には既に準備にかかっていてその場にいなかったが、セット完成後はマッド鈴木率いる科学部部隊も合流し、共に稽古に励んでいた。


「あるいは、何か気分が高揚するような怪しいお薬でも服用したのかもしれません」

「ふっ、恭介氏も人の子だ。無理やりにでもテンションを上げて緊張を誤魔化してるんだろう」

「いや、この人に限って、緊張してお腹イター!とかありえないような気がしますけどネ」

「もし、評判が評判を呼んで、ブロードウェイに行っちまったら、どうするよお前ら!?」

「わふーっ! 私たち、アカデミー賞受賞候補なのですかーっ!」

「クーちゃん、ブロードウェイならトニー賞だよぉ。って、恭介さん、そんな凄い賞狙ってるですかーっ!」

「ですかーっ!」

「当たり前だ! どうせ、狙うなら世界一だぜ!」

「ちなみに歌とダンスは無いから、この劇はミュージカルですらない。よって、トニー賞の受賞などできる道理はないということになる」

「そもそも、幼稚園でやるボランティアの劇で、賞なんて取れないでしょ」

「フッ、要は意気込みの問題さ。よく考えてみろよ、お前ら。この先の長い人生で、また幼稚園で劇をするような機会があると思うか?」

「そもそも、劇をすること自体ないだろうな」

「だろう? つまり、一生に一度の劇になるってことだ。――だったら、悔いを残さないように全力でやろうぜ」

「セリフはカッコイイが、やるの喜劇だぞ?」

「「「「「「「「だよねぇ……」」」」」」」」

「……しかも、部員数ギリギリの我々とすれば、これが最後の部活動イベントになるかも知れんからなぁ」

「え!? これ、科学部にとって部活動扱いだったの!?」

「そりゃそうさ、放課後ずっと一緒に練習してたしさ……。自動演出マシーンの設定とかしなくちゃならなかったし」

「最後の癖に変な所だけ科学っぽいな」


 ちなみに科学部は全員三年の上、部員数も三人。一年、二年が存在しないので来年には廃部という悲しい宿命の元にある。


「あ、そうだ。今日は園児向けの劇なんだから、誰かが人生の訓戒っぽいこと言ったら、全員で復唱することにしようぜ」

「この土壇場で追加設定かよ!? ……あ、やべぇ、何か頭痛くなってきた」

「おいおい、大丈夫かよ。劇は生き物だ。もしかしたら、リハーサル通り行かないかも知れないんだぜ?」

「……というか、恭介氏が一番リハ通りに動きそうにないわけなのだが」

「大丈夫さ。皆なら多少のハプニングがあってもアドリブでも何とでもできるだろ」

「やはは、自分がリハ通りに動きそうにない所は否定しないんですネ……」

「すみません、待たせてしまいまして。じゃあ、そろそろ、準備していただけます?」

「おぉっと、そうこうしてる間にお呼びがかかったぜ。そろそろ各人、衣装の方に着替えて待機すっか。女子は隣部屋で着替えるように」

「そう言えば、女連中は自主制作だからいいとして、俺達レンジャーは衣装合わせしてないんだが……」

「任せろ。ガキの頃からの付き合いだぜ? 何なら、この場でお前らのサイズを諳んじて見せようか?」

「いやいや、そんな簡単に個人情報漏らさないでよ」


 そして、女性陣は隣の部屋に移り、それぞれ準備を始めた。

 この時、リトルバスターズの面々は、自分たちの劇が自分たちの想像以上に暴走することなど知る由はなかった。






行け行け! ぼくらのリトルレンジャー!

written by ぴえろ





 ○×幼稚園は幼稚園にも関わらず、体育館に似た建物を有していた。

 前の部分が一段高くなっており、先生がそこに立つと子どもたちを見渡すことができるあの構造だ。

 その舞台袖から、私服姿の小毬が姿を現わす。すたすたと舞台の中央まで歩くとくるりと園児たちの方を向く。


「さぁて、今日は皆さんにとってもステキな人形劇をお見せしましょう」


 サッと後ろ手に隠していた両手をあらわにすると、手には人形がはめられていた。


「あー、パペッ○マペットだぁー」

「えー? 劇するんじゃないのー?」

「馬鹿だなぁ。コントに決まってるだろー」

「ち、違うよぉ〜、私コントなんてできない〜。ど、どうしよぅ。いきなり、リハーサルと違うぅぅ〜」


 いきなりトラブル発生だった。それを見越して、というわけではなかっただろうが。

 ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥーっ!

 入り口の両脇付近に設置された装置から、ドライアイスを利用した白煙がクロスするように噴出する。それと共に、複数の影が現れた。


「ふぁーっふぁっふぁっ! 突然だが、この幼稚園は我々が占拠したぁぁぁーっ!」

「ほわあぁぁぁーっ、な、何なんですか、あなたたちはぁーっ!?」

「我々はスカートめくりからピンポンダッシュまで悪事ならば何でもござれ! 悪の組織、ジャアクナンダーである!」

「大人しく従わねば、命が無いと思え。ファッキンラブリーキッズどもめ」

「わふーっ! わふわふわふぅぅぅーっ!(そうだっ! おとなしく従うのだぁぁぁっ!)」

「ジッとしていれば、危害は加えんから安心しろ」


 棗鈴は本人の希望により、ジャアクナンダー側の怪人役を演じることとなった。役名はキャット・ザ・リンという。

 団長(?)の棗恭介によると「敵側やるんなら、お前ネコ好きだから、猫怪人になれ」とのことである。鈴本人もいたく気に入っていた。

 特に、どういう仕組みなのか、鈴の意思次第で縦横無尽に動き回る尻尾などは、授業中にまで付ける程だった。


「して、例の場所はどこにあるのだ!? マッド・ザ・ミオチン!」


 それが西園美魚の演じる女幹部2(科学者系)の役名である。

 ちなみに来ヶ谷唯湖はシンプルにセクシー・ザ・レディとなった。当初のセクシー・ザ・ユイッチは本人の強い拒絶により却下された。


「はっ! 計器によると、おそらくあそこかと思われます! ジャアクナンダー様っ!」


 人が変わったかのような口調で、美魚は舞台を指差した。美魚の演技や役作りに関しては恭介も何も言わなかった。


「うむ、ご苦労! では、参るぞ諸君! ついでに園児どもを恐怖に慄かせてやれぇい!」

「「「「「「「ハハーッ!」」」」」」」


 葉留佳、来ヶ谷、美魚、クド、鈴、科学部部隊扮するジャアクナンダーが、園児の列をかき分けながら、舞台を目指す。


「わー、ネコさんだぁーっ」

「犬さんもいるよー」

「しっぽ触りたい……」

「これ、一体どーゆー材質なのかしら?」

「こ、こら! 邪魔だお前ら! うっとい! 前に進めんだろ!」

「わ、わふぅ……わふわ、わふわふふっ!(ど、どうしましょう……園児たちに囲まれて中々前に進めません!)」

「どれ、おね……セクシー・ザ・レディに任せろ。ササッとな」

「お、子供たちが退いて、通り道ができたぞ」

「わふぅっ! わふわふわふふーっ!(スコイですっ! まるでモーゼの如しなのですっ!)」

「セクシー・ザ・レディがおれば、我がジャアクナンダーも安泰よのぉ、ふぁっふぁっふぁ」

「“優しくふんわりと、しかしそれでいて、エキセントリックに”とはまさにこのこと! 流石はセクシー・ザ・レディ……恐るべき女っ!」

「……マッド・ザ・ミオチンは演技前と性格が変わり過ぎだな。ハンドル握ると性格変わるタイプなのだろうか」

「お、お嬢ちゃん、今日のおパンチュの色は何色かなぁ? ハァハァ」

「ドサクサにまぎれて、いかがわしい発言をするな馬鹿モノめが」


 パシィンっ!

 来ヶ谷、もといセクシー・ザ・レディの持つムチが唸る。


「アゥチッ! すみません! 女王様っ!」

「今の私はセクシー・ザ・レディだ」


 パシィンっ!


「キャインっ! もっとブって! 卑しいブタ野郎と罵って下さい、セクシー・ザ・レディ様っ!」

「ロリでドMでマッドサイエンティストなのか……こいつ想像以上に狂ってるな……打つの止めよう、ムチが腐る」


 マッド鈴木の問題発言というハプニングも事なきを得て、ジャアクナンダーたちは舞台へと上がった。


「ここは平凡な幼稚園なのにぃ! い、一体何をしに来たというのですかーっ!?」

「ふぁっふぁっふぁ、どうやら知らないようだな。ならば、教えてしんぜよぅ! この○×幼稚園は、全世界の火山を爆発させるパワーポイントなのだぁっ!」

「ぬ、ぬぁんですってぇぇえええぇぇーっ! この幼稚園にそんな秘密があったなんてぇぇぇーっ!」

「し、知らなかった……」

「ここがそんな危ない所だったなんて!」

「オラ、砂場でどこまで掘れるか試したぞ。……あれは命がけの遊びだったんだね」

「そして、我々ジャアクナンダーの目的はこのパワーポイントを利用して、全世界の火山を爆発させることなのだーっ!
      ふぁっふぁっふぁ! 今から目に浮かぶぞ! 地獄の業火で焼かれ、のたうち回る人間どもの姿がなぁー!」

「何て邪悪なことを企んでいるんですかぁーっ! だ、誰かジャアクナンダーたちを止めてぇぇぇーっ!」

「ふぁっふぁっふぁ! 無駄なことだ! 誰も我々を止めることなどでき〜ん! では、マッド・ザ・ミオチン。早速、全世界火山爆破計画の準備を始めたまへ!」

「了解ですっ、ジャアクナンダー様! お前たち、120秒で準備なさい!」

「「「ハッ!」」」


 舞台袖から、何やら、赤や緑や黄色に点滅するランプが付いたマシン的な長方形の物体(コンピューター?)を運んでくる。

 ガシュン、ガシュン、プシューとマシンが揺れる度に、上方へ向かって、パイプから怪しげな白煙が出てくるという無駄なクオリティを誇っていた。


「ふぁっふぁっふぁ。そこな美少女よっ! 貴様には全世界の火山が爆発するところを特等席で見せてやろうっ!」

「きゃぁぁぁーっ! だ〜れ〜か〜、た〜す〜け〜てぇぇぇ〜っ!」

「ジャアクナンダー様、さらにこの中の子供たちを人質にとってみてはいかがでしょう?」

「ふむぅ、流石はセクシー・ザ・レディ! 何と邪悪な提案だ! よし、そうしよう!
      キャット・ザ・リン! ドッグ・ザ・クド! この中からチビっ子を二、三人しょっ引いて来るがいい!」

「分かった。連れて来てやろう」

「わふーっ!(了解なのですっ!)」


 キャット・ザ・リンとドッグ・ザ・クドが舞台を降り、園児に向かって歩き出す。


「よし、お前に決めた。理由は特にない」

「やだもーん」

「何ぃっ!? こいつ! 無理やりにでも連れてってやるっ!」

「お前らなんかに捕まってたまるかー!」

「待てっ! くそっ、こいつすばしっこいぞっ!」

「猫怪人の癖にトロイぞ!」

「……お前はあたしを本気で怒らせた。絶対捕まえてやる! ふかーっ!」

「あーこりゃこりゃ、そこの猫怪人。本気で鬼ごっこ始めんじゃありませんヨ。そして、そこの犬怪人! お前も早く連れてこんかっ!」

「わ、わふぅ〜。わふわふわふぅ〜……。(そ、それが、いっぱい寄って来て誰を捕まえたらいいものか……)」

「犬さん、可愛い……」

「しっぽフワフワぁ〜」

「この毛並み……きっと血統書付きね!」

「肉球もプニプニだねぇ〜」

「ジャアクナンダー様っ! このままでは埒が明きませぬ! もはや、人質は保母さんでも構わないかとっ!」

「うむ、そうしよう! このままでは、全く話が進まない! というわけで、保母さんたちよ! 覚悟するがいい!(お願いします、すみませんネ)」

「あぁぁ〜れぇぇ〜」

「誰か助けてぇぇぇ〜」

 キャット・ザ・リンとドッグ・ザ・クドに手を引かれつつ、保母さんが壇上に上がる。

「思いのほか、ノリの良い保母さんたちで助かったな」

「戦闘員たちよ! 計画の方は滞りなく進んでおるかっ!」

「ハァ〜ハッハッハ! 後一時間もあれば、全世界の火山はこの何だか良く分からないパワーを発するマシィーンの刺激を受け、爆発するのでア〜ル!」

「雑魚戦闘員の癖にキャラ濃くするなよ」

「いいじゃないかっ! ただでさえ、セリフ少ないんだから、濃くさせてくれたまえっ!」

「たぁいへぇんだぁーっ! むむ、こうなったら、彼らを――リトルレンジャーたちを呼ぶしかありませんっ!」

「リトルレンジャー? そんなのいたっけ?」

「そんなの、テレビで見たことないよなー?」

「リトルレンジャーこそ、真の秘密戦隊! 彼らはテレビなんて出ません! 何故なら、テレビ出た時点で秘密でなくなってしまうからです!」

「あぁ! そっか!」

「じゃ、もしかして本物のレンジャーってこと!?」

「皆が元気よく、呼べばきっと彼らは答えてくれるはずです! さぁ、皆さん! せ〜ので一斉に『助けてリトルレンジャー』と叫びましょう! せ〜のっ!」

「「「「「「「助けてリトルレンジャーっ!」」」」」」」





「呼んだかい? キッズたちよっ!!」





 マイクによって増幅された大音量の声がその場に響き渡る。それと同時にレトロ、且つ、アップテンポなBGMが流れ始める。


「とぅっ! 情熱を司る赤き炎、リトルレッド! ここに参上ぅっ!」


 これまたレトロな掛け声ととに棗恭介が……否、リトルレッドがやたらとカッコイイポージングを決めながら、現れた。

「うぉぉ、カッコぃぃ〜」

「しかも、今時のイケメンヒーローだ!」

「あら、あの子ちょっとイケてるじゃない?」

「あんな子に助けられるなら、私が捕まってれば良かったわぁ」

「むむ! 現れたかっ、リトルレッド! 今日こそ、決着を付けてやろうぞ!」

「へっ、慌てんなよ、ジャアクナンダー。まだ俺の仲間を紹介しきってないぜ! ――来い、リトルピンク!」


 リトルレッドの声を受け、舞台袖からリトルピンクが……何故か、妙に内股歩きで、トボトボとやってくる。


「え、えぇっと、愛を司る桃色の……――って、やっぱおかしいよっ! ちょっとBGM止めてぇーっ!」

「どうしたリトルピンク! 体調でも悪いのかっ!」

「いやいやいや、リトルグリーンでリハしておきながら、何で当日になって僕がリトルピンクに変ってるんだよっ!?」

「だって、練習の段階で『お前、リトルピンクしろ』って言ったら、下手したら劇に参加しないとか言いそうだろ?」

「うっ、いやまぁ、そうだろうけど……だからって、当日に変更なんて酷いよっ! リトルグリーンとして練習してきた僕は何だったのさ!」

「あー、セリフとか必殺技とかはリトルグリーンのままでも良いようにしてたから、大丈夫。お前の努力は無駄に何かならないさ」

「うぅ……そんな言葉聞いても全然嬉しくない。一体、何故こんなことに……」

「俺が某氏の提案を聞いて、目から鱗が落ちるような気分になったからさ」

「リトルピンクな理樹君。嗚呼、可愛い……」

「……今ので某氏の正体が一発で分かったよ。ちくしょぅ、嵌められた……」


 膝から崩れ落ちるリトルピンク。その追い打ちのように。

「ねぇ、せんせ〜、何であの人、男なのに女の格好してるの〜?」

「世の中にはね。男の人でも女の人の格好をして喜ぶ人がいるのよ」

「あー、知ってるー。ママがそーゆー人のこと、変態って言ってたー」

「僕は変態じゃないよっ! もし、変態だとしても、女装癖の無い変態だよっ!」

「それだと変態って所は認めることになるが、いいのか?」

「はっ、しまった! 興奮のあまり、一番認めてはいけない所を認めちゃったよっ!」

「わふぅ〜、わふわふわふふぅ〜……(直枝さん、何だか気の毒なのですぅ……)」

「まぁ、気にすんな。男は皆、どこかしら変態な所を持ってるもんさ」

「そんな慰め方されるのイヤだ……」


 膝を折り、ペタンを尻をついて、へたり込むリトルピンク。


「むむ! リトルピンクがいつの間にかピンチですっ! 皆さん、応援してあげましょう! リトルピンク頑張ってぇぇぇ〜っ!」

「「「「「「「リトルピンク頑張ってぇぇぇーっ!」」」」」」」

「えぇぇぇ〜、僕ここで応援されるの……? 登場シーンで応援されるヒーローって何なんだよ……」


 リトルピンクは人生に挫折したかのように、ガックシと四つん這いになる。


「良かったじゃねぇか。一番に応援された名誉を誇ってもいいぐらいだぜ」

「こんなの名誉でも何でもないよっ! ちくしょう! こうなったら、一番最初に人生の訓戒を残す名誉も貰ってやるぅ!」


 リトルピンクは目に気力を満たして、ガバッと立ち上がり、園児たちを指差しながら叫ぶ。


「子供たちっ! 無暗に女装すると、変態に間違われるから気をつけようねっ!」

「おいおい、いきなりマニアックな訓戒だな。だが、アリだ。皆、復唱だっ!」

「「「「「「「「「「「無暗に女装すると、変態に間違われるから気をつけようねっ!」」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒その@〜
「無暗に女装すると、変態に間違われるから気をつけようねっ!」

リトルピンク(己の美しさに恍惚としながら)

「くっ! ここは流れを変えるために、リトルブルーを呼ぶしかあるまいっ! ――次はお前だ! リトルブルーっ!」


 激しいBGMが再び再生され、登場するリトルブルーだったが……。


「……冷静を司る青き大海、リトルブルー……参上」

「ちょっと待てぃ! BGMストップストップ! 何だどうした! 異様にテンションが低いぞ、リトルブルー! というか、何故に剣道着のまま!?

「別れる前と姿が変わってないとはどういうことだ!? はっ、まさかリトルレンジャーの作戦かっ!?」

「フッ! まさか今日出動するとは思ってなかったので、リトルブルーの戦闘服は洗濯中なんだぜ! 断じて、俺が忘れてきたわけじゃないんだぜ!」

「リトルレッドよ……。お前は事を起こす時、いつも何か忘れるが、まさか俺の衣装を忘れてくるとは思ってもみなかったぞ……。
     何だこの格好は? 何故、この異空間で俺だけ普段着なんだ? 訳が分からん……それでも、俺はクールガイさ」

「クールどころか、ますますブルーになってるぞぉ! 何だ、お前は表情がすぐブルーになるから、リトルブルーなのかぁぁぁーっ!」

「違うわっ! それでも、俺はクールガイさ」

「いや、実はそうだ」

「そ、そうだったのか……それでも、俺はクールガイさ」

「ねぇ、せんせ〜、リトルブルーの戦闘服が変じゃな〜い?」

「あれはね。剣道着っていう昔からの戦闘服なのよ」

「あー、知ってるー。ママがそーゆー人のこと、“青い侍”って言ってたー」

「それはサッカー日本代表のことだろうがっ! それでも、俺はクールガイさっ!」

「クールなわりには感情の起伏がやたらと激しいな、こいつ」

「むむ! 今度はリトルブルーがピンチなことにっ! 皆さん、応援してあげましょう! リトルブルー頑張ってぇぇぇ〜っ!」

「「「「「「「リトルブルー頑張ってぇぇぇーっ!」」」」」」」

「……小毬よ、ここで応援されると逆に凹むぞ。それでも、俺はクールガイさ」

「己のアイディンティティ(クールであること)を守るのに必死だな、彼は」

「どんな苦境でも、心を折らず、常にクールであり続ける。それがリトルブルーさっ!」

「既に折れかけとるぞ。心の強度、ポッキー並だな」

「……子供たちよ、忘れ物には注意しろ。こんな風に恥をかきたくないのならな」

「わふーっ! わふわふわふーっ!(クールです! 実にクールな訓戒なのですっ!)」

「流石は、リトルレンジャーきってのクールガイ。なんてクールな訓戒を残しやがるんだ! 皆、復唱だっ!」

「「「「「「「「「「「「忘れ物には注意しろ。こんな風に恥をかきたくないのならなっ!」」」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのA〜
「忘れ物には注意しろ。こんな風に恥をかきたくないのならな」

リトルブルー(辞世の句を残す武士のように)

「……もう帰りたい」

「奇遇だね。僕もだよ、リトルブルー」

「はっ、今度は二人ともブルーにっ!? くっ、こうなったら、元気溌剌なリトルイエローを呼ぶしかあるまいっ! ――来い、リトルイエローっ!」

「おうさっ!」


 BGMに負けぬテンションで、何やら巨大な物体がゴロゴロと舞台袖から転がってくる。


「食欲をそそる黄色いカレー……リトルイエロー、参上だぜっ! ――って、やっぱ登場セリフ、オレだけおかしくね!?」

「どこが?」

「他のリトルレンジャーは情熱とか愛とか冷静なのに、何でオレだけ食欲なんだよ!? そして、オレはカレーを食う!」

「早速、カレー食って食欲を満たしているじゃないか」

「転がる時によく溢さなかったな」

「というか、ちょっと待てぇぇぇーっ! 何だその戦闘服は!? パッツンパッツンじゃないですかっ!
      その股間部のモッサリ具合はもうちょっと自重できなかったのかぁぁーっ!」

「しょうがねぇだろっ! オレだって、ファウルカップとか付けて努力してみたんだよ! これ以上、モッサリ具合は自重できねぇんだよっ!」

「フッ、まさか俺が知ってる頃よりも、更に筋肉が一回りどころか二回り近くデカくなってるとは思ってなかったんだぜ!」

「筋肉好きが高じて、またエライことになったもんだね」

「第一、お前その格好、テレビで見たことあるぞ! あれか! つよイ○クかっ! つよ○ンクがお前の憧れの人なのかぁぁぁぁーっ!?」

「つよイ○クが分からない人のためにクリップを用意してみた。これがつよイ○クだ。こうして見るとリトルイエローは双子のようにそっくりだな」









「うわぁーっ、すごく似てるー」

「というか、本人じゃない?」

「つよイ○ク、後で直筆のサインちょうだーい」

「馬鹿だなぁ。印刷した方が早いし、皆貰えるだろ」

「あ、そっか。印刷はつよイ○クの得意技だもんね」

「つよイ○クじゃねぇよっ! むしろアッチがオレをパクったんだよ! そして、オレはカレーを食うっ!」

「何だ? 自棄食いか? そんなショックだったのか?」

「ただの口癖だよ、すみませんでしたぁぁぁぁぁーっ! そして、オレはカレーを食うっ!」

「あれ? 僕の目がおかしいのかな? 何かつよイ○クの顔にモザイクがかかってる気がする……」

「最近は著作権の問題が恐ろしいからな。念のためだろう」

「何故、予定外のハプニングにも関わらず、クリップがあるのでしょう?」


 美魚は一瞬、演技を忘れ、素で疑問に思った。


「ふっ、そのくらいセクシー・ザ・レディにかかれば、想定の範囲内なのだよ」

「じゃあ、あらかじめ対策しろよ。恭介が忘れるという怪我の功名がなければ、俺もつよイ○ク(青)になってただけにゾッとする。それでも、俺はクールガイさ」

「ちくしょう、何だこのカレー……ちょっとしょっぺぇじゃねぇか……そして、オレはカレーを食う!」

「何だ。そんなに旨いのか、そのカレー?」

「泣きながら食うカレーが旨いわけねぇだろうがっ!」

「こりゃまた、リトルイエローならではの奥深い訓戒が生まれちまったな……皆、復唱だ!」

「「「「「「「「「「「「「泣きながら食うカレーが旨いわけねぇだろうがっ!」」」」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのB〜
「泣きながら食うカレーが旨いわけねぇだろうがっ!」

リトルイエロー(食後にスプーン曲げに挑戦しながら)

「わふぅ……わふわふわふふぅ……(何だかとても悲しい訓戒なのです……)」

「いえ、あるいは“悲しいことがあっても人は食べなければ生きていけない”という意味があるのかも知れません!」

「ぬぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉーっ! もっと分かりやすくて、カッコイイ訓戒残させてくれぇぇぇぇーっ!」

「むむむ! リトルイエローが泣き叫んでますっ! 皆さん、応援してあげましょう! リトルイエローもっとカレー食べろぉぉぉ〜っ!」

「「「「「「「リトルイエローもっとカレー食べろぉぉぉーっ!」」」」」」」

「何でオレだけ、カレーを食えと命令されてるんだよっ! もっと普通に応援してくれよぉっ!」

「ご、ごめんさぁいぃ〜。美味しい物食べたら元気でるかなぁ〜っと思って……」

「すったもんだ色々あったが、これが俺たちリトルレンジャーさ!」

「ちょっとちょっと! もう一人、忘れてちゃいませんかぁぁぁーっ! 一色足りてないんですけどぉぉぉーっ!」

「あー、忘れてた。リトルイエロー、ちょっと頼まれてくれないか?」

「あいよ」


 リトルイエローが舞台袖から、重たそうな物を持ってくる。








「これが俺たちの最後の仲間! リトルグリーンさ!」

「えぇぇぇーっ!? リハの時にどうにかするって言ったのコレですかっ!?」

「皆、等しくレンジャーさ」

「いやいや、だって、木ですヨっ!? まごうことなく木じゃないですかっ!」

「あぁ、そうだよ! 木だよ! それ以外、何に見えるってんだ! お前らの目は節穴かっ! この木のここんトコみたいに節穴なのかっ!
     わざわざ、俺が美術部に頼み込んで、こんなリアルな木を描いてもらったんだぞ! それでも、これがセットの一部だとでも言うつもりかっ!?」

「ふむ、あまりの逆ギレっぷりに、まるで木であることを指摘したこちらが悪いような気分になるな」

「リトルグリーンは誰よりも緑を……自然を愛する男だった。そして、あまりにも愛情が深過ぎたため、ついには自らが木になってしまったのさ。
     前回のコソクナンダーとの戦いの直前、奴は言った。『僕、無事に帰ることができたら、植林するんだ』と。
     その時は『そんな植林ばかりして、お前はちび○る子ちゃんの佐々木のじいさんかよっ!』とツッコミを入れたが……。
     まさか、それが『僕が木になったら、森へ還してくれ』という隠されたメッセージだったとはな。今でもあの時、俺が止めていればと思うぜ……」

「リトルグリーンにそんな過去が……」

「今もこうして、木になることで、リトルグリーンは空気を作って世界を守ってるんだな……そして、オレはカレーを食う」

「空気を作るのは良いが、存在が空気になってどうするんだ? それでも、俺はクールガイさ」

「というわけで、この四人と木が一本! これが俺たち、リトルレンジャーさっ!」


 シャキィィィーンっ!


「いや、シャキィィィーンとか効果音を盛大に鳴らされても、正直困りますネ。やはは……」

「結局、マトモだったのは最初のリトルレッドだけじゃないか」

「アホだな」

「フッ、まぁいいじゃないかっ! あちらがそれでいいというなら、それで戦ってやろうっ!」

「話が分かるじゃないか。さぁ! 早く、その人質の保母さんたちを返すんだ!」

「わふー、わふわふー……(恭介さんは、あくまでこのまま進めるつもりなのですね)」

「ふぁ、ふぁっふぁっふぁ! いいだろう! 我ら全てを打ち倒せたら、人質の保母さんを解放してやろう! まず最初は戦闘員だ! かかれぇい!」

「よしっ、行くぜ! 皆!」

「「「お〜……」」」

「ど、どうした、お前ら! 何故、そんなに元気がない!?」

「いやいや、こんな状態でねぇ……」

「リアルハプニング続出じゃないか。これでテンションを上げろという方が無理だ。それでも、俺はクールガイさ」

「オレなんかカレー食えって応援されたんだぜ? そして、オレはカレーを食う」

「くっ! 流石だぜ、ジャアクナンダーっ! 俺たちの弱点をことごとく突くことで、戦意を喪失させるとはな!」

「いや、全部お前のせいだろ。人のせいにするなよ」

「ジャアクナンダー様! 今、他のリトルレンジャーはリトルレッドに不信感を抱いております! 今なら、彼らをこちらに引きこむことができるかと!」

「そんなんしていいの!? リハと全然展開になるじゃん!?」

「いいんじゃないか? そもそも、リハ通りにしてないのは恭介氏なのだし」

「えーい、何かもうどうでもいいや! ヘイ、ユーたちっ! ジャアクナンダーに入らないかいっ!? 今なら優遇しますヨ!」

「「「それも良いかもしれないなぁ……」」」


 ぼやくように呟いて、リトルピンク、リトルブルー、リトルイエローはジャアクナンダーの方へと歩みよっていく。


「お、おい! ちょ、ちょっと待てよ! お前ら、俺を裏切る気かっ!? えぇっと戦闘員が3名だから……12対1って何だよっ!?」

「いつも5対1で怪人ボッコボコにしてるんだから、たまには逆の立場に立ってみなよ」

「うわぁ、凄い展開だね」

「戦う前からすでに負け掛けてるぞ」

「こんなの見たことないやぁ」

「むむむのむ! ついにはリトルレッドまでピンチにっ! 皆さん、応援してあげましょう! リトルレッド頑張ってぇぇぇ〜っ!」

「「「「「「「リトルレッド頑張ってぇぇぇーっ!」」」」」」」

「フッ、任せなキッズたちよっ! あまりにもリハと違う展開に俺自身ビビリまくりだが……そこを何とかするのが、リトルレッドさ!」

「こんな状況でも、まだリトルレッドは諦めないんだ……」

「凄いぞぅ、リトルレッド……」

「リトルブルー! お前確か、以前俺が読んでいた不殺な剣客浪漫譚に興味持ってたよな!? あれ、全巻貸してやるから、戻ってきてくれよぅ!」

「……いきなり物で釣るのか。ありえない正義の味方だな。それでも、俺はクールガイさ」

「うっせぇやい! 戻ってこなかったら、お前の語尾は『それでも、俺はムール貝さ』に変更してやるからな!」

「いや、言うかどうかは俺自身だから、そんな変更意味無いだろ。第一、『それでも、俺はムール貝さ』とは何を主張したがってるんだ、俺は?
     というか、今度は脅迫か。ますます正義の味方らしからぬ行動だな。それでも、俺はクールガイさ」

「なぁ、頼むよぉ。俺たちずっと一緒だったじゃないか。今度から忘れ物しないからさぁ。戻ってきてくれよぅ」

「そこまでプライドかなぐり捨ててまで、言うのなら戻ってやろう。……ただし、一つ条件がある。もう語尾に『それでも、俺はクールガイさ』と言わなくてもいいか?」

「お前のキャラが薄くなるが、それでもいいのなら、もうやめてもいいぜ?」

「ふむ、交渉成立だ」


 リトルブルーが再びリトルレッドの元に戻る。


「イヤッホーゥ! まずはリトルブルーが戻ってきてくれたぜ! 次はリトルイエロー、お前だ!」

「オレはリトルブルーのように簡単には戻らねぇぜ? そして、オレはカレーを食う」

「その甘口食い終わったら、今度は激辛にしてやろう」

「ちっ、仕方ねぇな。そして、オレはカレーを食う」

「早いよっ!? 最速じゃないか!?」

「このカレー、甘過ぎなんだよっ! 激辛いのが食いたくなってきたんだよっ! そして、オレはカレーを食う!」


 リトルイエローも、リトルレッドの元に戻った。


「さぁ、リトルピンク。あとはお前だけだ!」

「僕はそう簡単に戻らないよ。口だけじゃなくて、本気だからね!」

「来週から一週間、朝昼夕と定食をおごってやろう。しかも、飲み物付きだ」

「か、かなり魅力的な条件だけど……嫌だ!」

「よく考えてみろ、リトルピンク。一食飲み物付きでおごられれば、約500円も浮くことになる。それが朝昼夕と三回。さらに一週間それが続くんだぜ?」

「……単純計算でも、約1万500円ぐらい浮くことになるのか」

「ご両親が残してくれた財産を僅かでも節約したいとは思わないのかっ!?」

「うわぁ……劇中にそんな現実世界の事情持ってこないでよ。付かざるを得ないじゃない」


 リトルピンクはしぶしぶ、リトルレッドの元に戻った。


「ふぅっ、これで皆戻ってきたぜ! キッズたちよ! 時には友情だって、物と金で手に入るんだぜ! はいっ、復唱!」

「「「「「「「「「「「「「時には友情だって、物と金で手に入るんだぜ!」」」」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのC〜
「時には友情だって、物と金で手に入るんだぜ!」

リトルレッド(爽やかに歯をキランと光らせながら)

「って、判定おかしぃーっ! 今のは残しちゃいけない訓戒でしょっ!? 何、復唱させてんのさ!」

「あぁ、すまん。皆が戻ってきてくれたのが嬉しくて、つい……」

「三度もやってるから反射的に復唱しちゃいましたネ、やはは」

「わふ〜、わふわふ〜……(習慣とは恐ろしいモノなのです)」

「さぁっ! 覚悟しな、ジャアクナンダー! 俺たち4人と木が1本揃えば、天下無敵だぜ!」

「ふむ、またリハ通りの展開に戻るわけだな」

「行きなさい! 我が配下たちよっ!」

「「「ハハっ」」」


 と、言いつつ、懐から何か取り出すマッド鈴木と科学部部隊。それをリトルレンジャーたちに向けて、


 パンパンパンっ!


 撃ち始めた。


「「「「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇーっ!」」」」

「何だね? またリアルハプニング発生かね?」

「いやいやいや! あんたたちが、リアルハプニング起してるからっ!」

「てめぇら何、エアガン使ってきてんだよっ! そして、俺はカレーを食うっ!」

「そんなモノ、リハの時には使ってこなかっただろうっ!?」

「一体なぜ、こんなことを!? また話が全然進まなくなるだろうっ!」


 マッド鈴木はふと掲げていたエアガンを下ろし、一人語りを始める。


「リトルレッド。僕はね、音響や照明、セットが完成した時に気づいたのさ。『我々はどうしてこんなことをしているのだろう』ってね」

「いや、完成させる前に気づけよ」

「こんなにも協力しているというのに、我々の出番はと言えば、出てきて戦闘が始めれば、すぐやられるチョイ役。一体何故だ!」

「戦闘員だからだろ」

「納得できなかった! これが最後の部活動だというのに、こんなアッサリ終わっていいものかと!
        だから、我々は……――この劇を乗っ取ることにしたのさっ!

(全員)「「「「「「「「「「何いぃぃぃーっ!」」」」」」」」」」」

「おぉっと、ジャアクナンダーたちも動くんじゃない。これから、このステージは科学部による『科学マジックショー』を展開するんだからな!
        そうすることで、チビっ子たちに科学の素晴らしさを伝える! これだ! これこそが我ら科学部の最後を飾るに相応しい部活イベントなのだっ!」

「おぉ〜、今度は戦闘員が裏切った……」

「これからどうなるの、せんせー?」

「先生にも分からないわ。まさか、ここにて第三勢力の誕生だなんて……」

「ど、どうするんですかーっ? このままじゃ劇が乗っ取られちゃうよ〜っ!」

「いやー、ここまでリハと違うと、何だかもう笑けてきますネ」

「流石の俺たちもエアガンが相手だとなぁ。勝てんことは無いだろうが、相当痛いぞ?」

「僕の持ってる武器はプラスチックバットだし、リトルブルーも同じくプラスチックの刀だし、リトルレッドとリトルイエローに至っては素手だもんねぇ」

「飛び道具とかアリかよっ! そして、オレはカレーを食うっ!」

「ふっふっふ、君たちの身体能力は噂に聞いているからねぇ。そんな連中と近接戦闘を繰り広げるなどアホのすることだ」

「いや、お前ら3年の癖に、この時期に劇してる時点で、既にアホだろ」

「おっとそうだ。一応、訓戒っぽい言葉も残しておこうか。子供たちよ! 我々は悪の組織だからいいが……エアガンを人に向けて撃っちゃダメだぜ!」

「くっ、敵ながら見事な訓戒だ! 皆、復唱だ!」

「「「「「「「「「「「「「エアガンを人に向けて撃っちゃダメだぜ!」」」」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのD〜
「エアガンを人に向けて撃っちゃダメだぜ!」

戦闘員(エアガンの威力に酔いしれながら)

「ふっふっふ、では、皆には我々の『科学マジックショー』の準備でも――」


 手伝って貰おうか、とマッド鈴木は続けようとしたが、




――僕の体を盾に使うんだ! リトルレッド!――





 何か声が聞こえた。

「な、何だ今の声は!? わ、我々はあんな音響は入れてないぞ!?」

「ふっ、あの声はリトルグリーンものさ!」

「え、リトルグリーンって? あれでしょ?」


 リトルピンクが指差す先にあるのは、木である。


「そうだ。しかし、正義を想うリトルグリーンの心の声が皆に聞こえたのさ!」

「……水を差すようで何なんだが、あれは一体誰の声なんだ?」

「ん? あー、あれはバイオ田中だ。本当はあいつが理樹の代わりにリトルグリーンをする予定だったんだ。
     当初、快く引き受けてくれたが、不幸なことに今日が大学の推薦入試日と被ってたため、声だけの友情出演なんだぜ!」

「というか、入試一週間前に引き受けようとする時点でそいつもアホだろ」

「ば、馬鹿な! あんな音響を仕込んでいると言うことは、リトルレッドには既にこの謀反がバレていたということかっ?! 一体何故!?」

「フフン、忘れたのか? 3日前、このセットの書き割りや衣装、小道具をここに持ってきたのは俺のワゴン車なんだぜ?
     その中に誰も使う予定の無いエアガンなんて物があったら、それはお前らの仕業に違いないだろっ!」

「しまったぁぁああああぁぁーっ! リトルレッド、なんて恐ろしい奴っ!」

「いや、一緒にしたお前がアホなだけだろ」

「さぁ、この鉄板を仕込んでいる木のセットさえあれば、エアガンなんて怖かないぜ! 盾役は頼んだぜ、リトルイエロー!」

「おうよ! 皆、攻撃は任せたぜ! そして、オレはカレーを食う!」

「いや、カレー食ってないで盾役こなせよ」

「分かってるよ! 口癖だってんだろっ! オラオラァァァーっ!」


 木の書き割りを持ったまま、リトルイエローが突撃する。壁が迫ってくるような威圧感に戦闘員たちが慌てて左右二手に分かれるが……


「ギャラクテカ・メェェェーンっ!」

「レッド・コンソメWパァァァーンチ味っ!」

「グッド・バッティングっ! ――って、レッドの必殺技一番ダサっ!」

「「「うぁぁあああぁぁぁーっ!」」」


 書き割りの背後から現れたリトルブルーとリトルレッドが戦闘員2人を撃破、マッド鈴木はリトルピンクに討ち取られた。


「ふふ、女装した直枝くんに殴られるのもまた乙なものだな……ガクッ」

「お前、最後のセリフがそんなドMめいたものでいいのか?」

「まだいいじゃないか。そこで伸びてる戦闘員2人なぞ死にゼリフすら無いんだぞ?」

「フッ、まさか戦闘員にここまで手こずらせられるとはな……だが、これで残るはお前たちだけだぜ!」

「良い木…………素で間違えましたが、何か? コホンっ。良い気になるなよ、リトルレッド! 奴らは所詮は戦闘員よ!」

「その通り、本当の勝負はココからだ! さぁ、行けぇい! 我が忠実なる僕、ドッグ・ザ・クドよっ!」

「わふぅーっ! わふわふわふっ!(了解ですっ! ついに私の見せ場到来なのですっ!)」

「へへ、たとえ女子供だろうとオレは容赦しないぜ……そして、オレはカレーを食う!」

「いやいや、そのセリフだとまるでこっちが悪者みたいだからね」

「わふーっ!(行きますよ〜!)」


       ぷにゅっ♪ ぷにゅっ♪ ぷにゅっ♪


 えらく可愛らしい足音(肉球の音)を響かせ、


「わふっ!(えいっ!)」


       カプっ♪


 そして、これまたえらく可愛らしい音と共にリトルイエローの腕に噛み付いた。


「わひゅ! わひゅわひゅ!(どうだ! 参りましたかっ!)」


 リトルイエローの腕に捕まりながら噛み付いたものの、身長差ゆえか、ぷらぷらとみの虫のように揺れるドッグ・ザ・クド。


「…………いや、全く蚊が刺された程もダメージはねぇんだが? そして、オレはカレーを食う」

「ホントにカレーが食えそうなくらい余裕だな、リトルイエロー」

「ああ、もうすっかり食い終わっちまったぜ。さて、悪りぃがこりゃ楽勝だな。デコぴんでも喰らわせて、さっさと負かすか。そして、オレはカレーを食う」

「カレー、もうないけどな」


 リトルイエローは中指を親指に引っかけて、デコぴんの形を作り、ドッグ・ザ・クドの額に近づけていくが、


      ジ〜……


 円らな瞳が瞬きもせずに自分を見上げていることに気づく。


「んだよっ、そんな目でこっち見んなよっ! 仕方ねぇだろ! これはヤるかヤられるかの戦いなんだぜ!」


      ジ〜……


「別にオレだってなぁ。何もお前が憎くてデコぴん喰らわす訳じゃ……」


      ジ〜……


「だ、だから、そんな目でオレを……」


      ジ〜……


「ぬぉぉぉぉぉーっ! こんなちっこい子犬みたいな奴、攻撃できねぇぇぇーっ! こいつを攻撃しちまったら、オレの中の正義が崩れ去るぅぅぅーっ!」

「はっ! しまった! あまり攻撃的な感じじゃないから、気づかなかったが、既にリトルイエローはドッグ・ザ・クドの術中にハマってるぞ!」

「そうか! 良心の呵責で自滅させるのがドッグ・ザ・クドの戦法だったのか!」

「しかも、俺たちが引きはがそうとすれば、今度はこちらがやられるぞっ!」

「ドッグ・ザ・クドはその可愛らしさで幾人もの大きいお兄……もとい、ヒーローを良心の呵責で自滅させてきた強者っ! 唯一、弱点があるとすれば……」

「くっ、堪らん! 不味いな……あまりの可愛さに鼻血が出てきてしまいそうだ!」

「この攻撃をする度、セクシー・ザ・レディが鼻血を吹き出しそうになることですネ」

「アホな弱点だな」

「しかも、ドッグ・ザ・クドの真骨頂はここからだ!」


      うるうる


「どぅるぁぁぁぁぁーっ! んなチワワみてぇに目ぇ潤ましてくんなぁぁぁぁーっ! 何も悪いことしてねぇのに罪悪感がぁぁぁぁーっ!」

「むむっ! リトルイエローが再びピンチに! 皆さん、応援してあげましょーっ! リトルイエロー頑張ってぇぇぇーっ!」

「こらー! イヌさんをいじめるなー!」

「つよイ○クの癖にーっ!」

「早く負けちゃえぇぇーっ!」

「ほわぁぁぁぁーっ! 子供たちが応援してくれないぃぃぃーっ!? 一体どーしてーっ?」

「な、何てことだ。ドッグ・ザ・クドの愛らしさにキッズたちもが……! これじゃ俺たちリトルレンジャーは何のために戦っているんだ!?」

「うっ! うっ! すまん、キッズたちよ! オレが悪かったから、上履きを投げるのを止めてくれ!」

「明らかに理不尽な文句なのに、リトルイエローの奴、疑問すら覚えないぞ……」

「それほど罪悪感を覚えてるってことだね……それ抜きでも、応援されるはずの子供たちに上履き投げつけられるのって、きっとかなり堪えるよ……」

「まるで初回に大量得点されたエースを罵倒する阪神タイガースのファンみたいだな」

「不味いっ! このままだとリトルイエローの心が砕け散るぞ!」

「ふぁっふぁっふぁ! たとえ、その身に筋肉を纏うとも、心の弱さは守れぬのだ!」

「は、早く砕け散れ! じゃないと、私ももうかなりヤバイっ!」

「こっちも何か勝手にピンチになっとるぞ?」

「ぬぅ! こうなれば、背後から一撃で気絶させる以外あるまい!」

「やめろ、リトルブルー! そんなことをすれば、今度はお前が良心の呵責に耐えきれないぞ!」

「第一、そんな所を子供たちに見せていいと思ってるのっ!? 動物虐待シーンそのままじゃないか!」

「しかし、このままではリトルイエローが廃人になってしまうぞっ! それとも、他に手があるとでもいうのかっ!?」

「わふっ! わふわふ! わふふわふわふーっ!」

「何だ!? 一体、奴は何を言ってるんだ!?」

「『子供たちっ! 犬さんをイジめるのは悪いことなので、絶対やめるのです!』 ……と、ドッグ・ザ・クドは言っているのだ!」

「くっ、悪の怪人の癖に言っている訓戒は、すこぶる正しいぜ! 皆、復唱だ!」

「「「「「「「「「「犬さんをイジめるのは悪いことなので、絶対やめるのです!」」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのE〜
「犬さんをイジめるのは悪いことなので、絶対やめるのです!」

ドッグ・ザ・クド(噛み付いたリトルイエローの腕の汗臭さに参りながら)



 そんな時、ふとリトルピンクがリトルイエローの傍に落ちている皿に目をやる。


「そうだ! 皿だ! その皿を使うんだ!」

「皿……? そうか! そういうことかっ! リトルブルー、その皿を出入り口に向かって全力で投げるんだ!」

「成程な、そういうことか! 分かった! どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁーっ!」


 リトルブルーは床に落ちている皿を拾い、サイドスローで投げた。盛大な風切り音と共に皿が遠のいていく。さながら、UFOか……。


「わ、わふっ!?(あ、あれは!?)」


 ――フリスビーのように。


「わふぅぅぅ〜♪(待てぇぇぇ〜なのですっ!)」

「待てっ、ドッグ・ザ・クド! 何所へ行くつもりなんだーっ!」

「いかんな。カレーの皿をフリスビーと勘違いして追ってしまったか。リトルブルーが渾身の力で投げた皿だ。この戦いが終わるまで帰ってこんだろう」

「くっ、可愛らしさを追求するあまり、犬怪人として強化し過ぎてしまったのが、裏目に出たということかっ!」

「本当に犬みたいだな」

「感謝しろよ、リトルイエロー。リトルピンクの機転が無けりゃ、廃人になってたぜ。
     ドッグ・ザ・クド……。パワーやスピードは無かったが、真に恐るべき敵だったぜ……」

「あぁ、今のは流石のオレもやばかった。助かったぜ、リトルピンク」

「おまけにあの犬怪人を傷つけずに済んだ。戦わずして勝つ。これぞ兵法の奥義だな」

「いやいやいや、誉めすぎだって」

「ふぁっふぁっふぁ、まさかドッグ・ザ・クドのあんな方法で打ち破るとはな! 流石はリトルレンジャーよっ!
      しかし、貴様らの強運もここまでだ! 次なる敵には敵うまいっ! さぁ、往けぃ! セクシー・ザ・レディよっ!」

「ふむ、任せろ。あっさり負かせてやろう」


 ズイッとセクシー・ザ・レディが一歩前に出て、ムチをしならせ、地面を叩いた。


「わぁ〜、次のおねぇさん。すっごく強そうだね〜」

「あのムチ、本物じゃない?」

「きっと、ママのお尻ペンペンぐらい痛いよ!」

「オラ、何かお尻痛くなってきちゃった……」

「おぉっと、こいつは強敵な予感がビシバシ感じられるぜ……」

「へへっ、オレに任せな。今度こそ、ブチのめしてやるぜ」

「ふっ、一騎討ちか。無謀なことを……以前、一方的にやられたこと忘れてしまったようだな」

「ありゃ、オレが黒ヒゲ引いちまったから負けたんだよ! クジ運のせいであって、オレの実力じゃねぇ!」

「こういう場合、運も実力のうち、と言うものだがな。果たして、マトモな物を取っていたとて、私に勝てたかどうか……」

「んだと、てめぇ。だったら、今ここであの時はてめぇのまぐれ勝ちだったって証明してやろうか?」

「筋書きを無視しした真剣勝負ということか? フッ、面白い」

「何、二人ともホントに喧嘩腰になってんのさ!? 劇だよ!? 劇中なんだよっ!? 止めようよ!」

「いや、ここは二人に一騎討ちして貰おうじゃないか。理由は盛り上がるからだ」

「って、えぇぇぇーっ!? きょ……じゃない! レッドまで何言ってんのさ!」

「別にいいんじゃないか? もはや、シナリオなどあって無きが如しなのだし」

「ブルーまで……あぁ、もういいよ! 勝手にすれば! その代わり、どう修正するかなんて僕、考えないからね!」

「ま、何とかなるって。リトルイエロー、存分に戦ってくるがいい!」

「へへ、リーダーの許可が下りたな。ここで、雪隠戦だぜ!」

「え、雪隠戦? 雪辱戦じゃなくて、雪隠戦なの? 雪隠ってあれだよね? 昔で言うトイレのことだよね?」

「おそらく、如何にトイレットペーパーの先端をホテルのような芸術的な三角形に折れるかを競う競技なのさ」

「いや、あるいは如何にジェットタオルの温風で洗った手を素早く乾かせられるか、そのタイムを競う競技なのかもしれんな」

「あー、僕あれ待ち切れなくて、生乾きのまま出ちゃうことあるんだよねぇ」

「なるほどな、その可能性もあるか。だが、どっちにしろ、競技自体が謎過ぎて、どんな結果になるか全く予想がつかないぜ!」

「ただの覚え間違えだよ! すみませんでしたぁぁぁーっ!」

「…………隙ありっ!」


 パシィンっ!

 仲間の方を向き、背を向けているリトルイエローにムチを振るうセクシー・ザ・レディ。


「ぎゃああぁぁぁあああぁぁーっ! 痛ぇぇぇぇぇぇぇーっ! 何すんだよ、この野郎っ!」

「いや、すまん。見事なくらい隙だらけだったんで、つい手が出てしまった。この私に手を出させるとは流石はリトルイエローだ」

「ありがとよ」

「誉めてないよ。むしろ、けなされてるよ」

「何ぃっ! やっぱそうか! 何か変だなと思ったぜ! このオレの純情ハートを騙すたぁ、何て邪悪な奴だ!」

「フッ、ジャアクナンダーに対して、邪悪だと? それは褒め言葉として受け取っておこうか」

「もう許さねぇ! 行っくぜぇぇぇーっ! ウォラァァァァァァァーっ!」

「ふんっ」


 パシィンっ!


「ぬぉぉぉぉぉーっ! やっぱムチ痛ぇぇぇぇぇぇぇーっ!」

「……一度食らってるのに、また真正面から突っ込むとかアホか、お前は」

「さっき背中に喰らったから見てなかったんだよ! まさか、あんなに速ぇとはな……」

「ムチはしなる瞬間、音速を超えてるって話だしな」

「音速って……マジかよ。そりゃ、ムチに対してあまりにも無知だったぜ」

「いやいや、上手いこといってもしょうがないから」

「リトルイエローのは天然だと思いますネ」

「音速のムチを振るうセクシー・ザ・レディを相手にして敵うわけがなかろう!」

「むしろ、そんなスキル一体どこで身につけたのかが知りたいけどな」

「どうする? もうギブアップか?」

「へっ、冗談だろ? そんなもん、もう見切ったぜ! オラァァァァァァァーっ!」

「猪武者がっ! ならば、何度でも喰らわせてやろう!」


 ヒュンっ!


 再び突っ込んできたリトルイエローに対し、ムチを振るうセクシー・ザ・レディ。しかし、


 ガシっ!


 ムチはリトルイエローの腕に絡まり、捕まえられてしまった。点と点を結ぶ線のようにムチがピンと張っている。


「へへっ、こうすりゃ、もう二度と振るうことはできねぇだろ? こっからはパワー比べ! オレの独壇場だぜ!」

「フッ、綱引きでもするつもりか? それはとてもじゃないが、勝てる気がせんから御免こうむるとしよう。ポチっとな」


 バリバリバリバリっ!


「ぎょえぇぇぇぇーっ! 今度は何かビリビリ来たぁぁぁぁぁーっ!」

「電流かっ!? 流石はセクシー・ザ・レディ! 一筋縄じゃいかないぜ!」

「……また台本にないことを。その仕込みからして、来ヶ谷こそリハ通りするつもりゼロじゃないか」

「ガッデム、あたい触れると痺れるぜ」

「いやー、本家が言うと似合いますネ。後、『おまんら、許さんぜよ』とかも似合いそうッス」

「大丈夫! リトルイエロー!?」

「へ、へへ、ここ、こんんなモン。むむしろ、肩コリがが治ったたぐぐれぇささ。み、みんなは注意しろよ……」

「どうでもいいが、今『ググれ、佐々美』って言ったみたいだったな。この場にいない、さささがわささこの文句言ってやるなよ」

「いやいや、そこは繋げないで聞いてあげようよ。というか、鈴も名前噛んでるからね」

「うっさいボケー! 言いにくい名前のあいつが悪いんじゃーっ!」

「ふっ、口ほどにもない奴だな。早速、リタイヤか?」

「ざけんじゃねぇ……オレはまだ負けてねぇぞ……。――うぅっ!」


 急にリトルイエローがその場で片膝をついた。


「どうした、リトルイエロー!?」

「マズッたぜ……こんな時に限って、オレの中のターメリックが切れかけてきやがった……」

「そういえば、さっきからカレー食ってなかったな」

「それに語尾に『そして、オレはカレーを食う』って言ってなかったしね」

「リトルレッド……どうやら、オレはここまでのようだ。後は任せたぜ」

「フッ、安心しろ。リトルイエロー、こんなこともあろうかと、これを用意しておいたんだぜ!」


 サッとその手にナイロン袋に包まれた物体を取り出すリトルレッド。


「って、カレーパンかよっ! そんなもんカレーという名のパンに過ぎないぜ!」

「お前、パン馬鹿にすんなよ。
     もしかしたら、長い坂の前で「あんぱんっ!」って好物の名前言いながら、勇気出して登ってる女の子がいるかもしれないだろ?」

「あれ? 何だろ。僕、その人のこと知ってる気がするんだけど?」

「奇遇だな。俺も良く知ってる気がする」

「それにな、リトルイエロー。こいつは激辛なんだぜ? お前、さっき激辛いの食いたいって言ってたじゃないか」

「……オレが食いたいのは、カレーなんだが。まぁ、試しに食ってみるか」


 リトルイエローはナイロン袋からカレーパンを取り出す。一口で半分は食べそうな大きな口を開き、かぶり付く。


 パクっ!


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 そして、リトルイエローは断末魔の叫びを残して、卒倒した。


「えぇぇぇーっ!? ど、どうしたの、リトルイエロー!?」

「むっ! 何だ、このパン? 具が真っ赤っかじゃないか……」

「こいつは――ハバネロだ! しかも、通常のハバネロの三倍は辛い“レッドサビナ種”だ! どの業界も、赤いのは三倍というのは定説だな……」

「改めて見ると酷いな、このパン。具がハバネロしかないぞ。こんな物、一気に半分も食べれば、卒倒してもおかしくないな……」

「っていうか、カレーパンじゃないよコレ。ナイロン袋の隅っこの方に『早苗パン』って書いてある。早苗って誰?」

「しかも、小さく『“カレー”と“辛ぇ”を掛けてみました。ナイスセンスですよねっ♪』と書いてあるぞ」

「センスの欠片もないぞ。中年オヤジの駄洒落レベルだ」

「くっ! なんてこったい! 就職活動中にふらりと立ち寄った老舗のパン屋でこんな物を掴まされるとは!
     やたらと店主がオススメに押してきたから買っちまったが……はっ、そうか!
     去り際に言った店主の『すまねぇな……小僧よ』とは、このことを言っていたのか!」

「ふむ、何やらよく分からんが、私の不戦勝のようだな」

「というか、さっきからレッドの奴、チームのマイナスになるようなことばっかりだぞ。実はあいつもジャアクナンダーじゃないのか?」

「認めたくないもんだな、若さ故の過ちってのは。仕方がない。こうなったら、俺たちでリトルイエローの無念を晴らすしかないぜ!」

「フッ、何人来ようがこの私を倒すことなどできん!」

「でも、どうするの? あのムチをどうにかしないことには勝てる見込みがないよ?」

「安心しろ。俺に考えがある。リトルブルー、リトルピンク、ちょっと耳を貸せ。あ、すまん、ちょっと作戦タイムな」


 制止するように手の平をかざし、リトルレンジャーたちは円陣を組み始めた。


「どんな相談をしようと私には敵わんさ」

「今のうちに攻撃してしまうというのはどうでしょう?」

「『ヒーローの相談を邪魔しない』『簡単にはやられない』両方やらなくっちゃあイケないってのが女幹部の辛い所なのだよ」


 フフンと何やら満足げにセクシー・ザ・レディは腕を組んだ。


「ジャアクナンダーの癖に妙な所で律義だな」

「よしっ、作戦は決まった! 覚悟しな、セクシー・ザ・レディ!」

「待った! その前に一つ訓戒を残しておこうか。ラブリーキッズどもよっ! 男がレディを待たすのは、失礼だから注意することだ!」

「おっと、こいつはちょいと耳が痛い訓戒だな。キッズたちよ、大人になってから生かすんだぜ。皆っ、復唱だ!」

「「「「「「「「「男がレディを待たすのは、失礼だから注意することだ!」」」」」」」」」



〜本日の訓戒そのF〜
「男がレディを待たすのは、失礼だから注意することだ!」

セクシー・ザ・レディ(この衣装、何才まで着れるだろうと思いつつ)

「行くぜ、ブルー! ピンク!」

「了解っ!」


 左にリトルレッド、右にリトルブルー、真ん中にリトルピンクと分かれ、まずはリトルブルーとリトルレッドが突撃する。


「何をしようと無駄無駄無駄!」


 ヒュンっ!


「させんっ!」


 空を切って迫るムチをリトルブルーがプラスチックの刀で絡ませるように受け止める。


「そこのデカイ奴の二の舞になるがいい!」

「そうは問屋が卸さないさ!」


 セクシー・ザ・レディが電撃のボタンを押そうとした瞬間、そこへリトルレッドが突っ込んでくる。


「甘いなっ! ムチは一つじゃないのだよ!」


 セクシー・ザ・レディは腰に括りつけてあるもう一本のムチを取り出し、恭介に向かって振るう。


「おっと、それはこっちもお見通しさ!」


 今度はリトルレッドがリトルピンクの持っていたプラスチックバットにムチを絡ませる。


「今だ! 奴の両手は塞がったぞ、リトルピンク!」

「てぇりやぁぁぁぁぁーっ!」

「フッ、素手のキミでは相手にならん!」


 素手のリトルピンクなら両手を塞がれたままでも対処できる。ムチを放して武器を失う方が分が悪い。

 そう判断し、セクシー・ザ・レディはそのまま中段回し蹴りをリトルピンクに放つ。


「うわぁっ」


 尻もちをつくことで、結果的に躱すリトルピンク。その頭上をセクシー・ザ・レディの脚が通り過ぎる。


「これでチェックメイトだ!」


 流れる足の軌道を真上に切り替え、かかと落としに変化させ、そのまま尻もちをついたリトルピンクに叩き下ろそうとしたが……。



「こんな仕打ち……酷いわ、お姉さま……」



 妙にしなを作った女の子座り、潤んだ瞳の上目遣い、赤らんだ頬。それらをセクシー・ザ・レディが認知した時、


 ブハっ!


 凄い勢いで鼻血が出た。


「それ……おねーさん的にクリティカル過ぎる……ぞ……」

「ああ! セクシー・ザ・レディが恍惚とした表情のまま、倒れてしまった!」

「何ということだ! よもや、セクシー・ザ・レディまでもが……!」

「ヒュゥッ! やるな、リトルピンク! まさか頬まで染めるとは思ってもみなかったぜ!」

「あれはリアルに恥ずかしかったんだよ! 何で僕が『お姉さま』とか言わなきゃいけないんだよ!」

「だが、理樹がリトルピンクをしていなければ、こうは容易くは勝てなかっただろうな……」

「さぁ、残りは3人! 次は誰が俺たちの相手をするんだ!」

「ちょーしに乗るな。よしっ、次はあたしが相手に――」

「いいえ、その必要はありません、キャット・ザ・リン。奴らは既に終わったも同然です」

「何を言っている。流れは、もはや、こちらのものだろう?」

「ふふっ、貴様たちが戦いに夢中になっている間に、こちらも準備をしていたのだ! 気が付かないか? この場で何か変化した所を!」

「変化した所?」

「――はっ! 貴様ら! 俺たちが倒したはずの戦闘員3名はどこへ行った!?」

「……そう言えば、いなくなってるな」


 舞台を見回しても、倒れた人影はセクシー・ザ・レディ以外になかった。カレーの皿を追って退場したドッグ・ザ・クドがいないのは当然なのだが。


「貴様らが戦いに夢中になっている間にわたしは彼らの命を生贄に、あるモノを召喚する儀式を行っていたのだ!」

「3体の生贄を必要とするだと!? まさか、そいつは神クラスの怪人モンスターということかっ!?」

「え、それってまだ誰か来るってこと?」

「みたいだな。しかし、一体誰が来るんだ? 全く知らされてないんだが? お前は知っていたか?」

「いや、全然。……つまり、またリハにない展開ってことだね」

「もう、めちゃくちゃだな。いや、くちゃくちゃだ。くちゃくちゃな劇だ」

「貴様らにも見せてやろう! 我が神の御姿をな! お出でませぃ、熊神様!

 ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥーっ!

 マッド・ザ・ミオチン叫んだ瞬間、入り口の両脇付近に設置された装置から、再び白煙がクロスするように噴出する。そして、それは悠然とした歩みで姿を現した。









「熊だ……」

「熊だな……」

「熊だね……」


 誰がどう見ても熊だった。というより、熊の着ぐるみを着た人間だった。

「くまさんだーっ」

「こいつぅー、蹴っちゃえ蹴っちゃえ!」

「おらおらぁーっ」

「こらー、くまさん、イジメちゃメー!」

「あの熊、園児に囲まれて困ってないか? 悪役なら押し退ければいいものを……実は良い奴じゃないのか?」

「あ、退けてくれた保母さんに頭下げてる」

「ますます良い奴じゃないか。あれが戦闘員3人を生贄に召喚された怪人か?」

「ふっふっふ、見かけのように、実力まで可愛らしくはないぞ! むしろ、本物のヒグマ……いや、それ以上の実力を持ったお方なのだ!」

「いやいやいや、というか、誰なの? あの人?」

「えぇ〜とねぇ、私が前、震災復興ボランティアに行った時に知り合った人でね。
     今度、園児相手に劇するって言ったら、『うん、私も出てみたいな』って言ったから、呼んでみましたぁ〜。名前は、坂――」

「あー、こりゃこりゃ、実名と顔出さないの条件でゲストに呼んだんじゃありませんでしたっけ?」

「はっ、そーでした! 言わなかったことにしよう。言われなかったことにしよう。おーけー?」

「匿名のゲスト参加ってことか。面白くなってきたじゃねぇか! 無論、このバトルはアリだ」

「認めちゃうんだっ!?」


 そうこうする間に熊の着ぐるみを着た人間――熊神様は舞台に上がった。そして、リトルレンジャーと相対するように立つ。


「というか、こういうゲスト参加認めると、僕たち際限なく戦う気がするんだけど……」

「それに関しては心配無用っ! もしも、このお方が敗北がすれば、私が敗北したと同じと取ってもらって構わん!」

「フッ、それだけ自信があるってことか。いいねぇ、燃えてきたぜ!」


 リトルレッドがガッツポーズをした時、


「おっと、待ちな。レッド、ここはオレに任せな」


 リトルイエローが復活した。


「リトルイエロー! 良かった! 無事だったんだね!」

「へっ、オレがそう簡単にくたばるかよっ! すまねぇがレッド、ホントにもうカレーパンはねぇのか?」

「中辛のカレーパンならあるぞ。今度はコンビニで買ったのだから、間違いなく大丈夫だ。というか、もう全部お前が持ってろ」

「じゃあ、貰うとすっかな」


 リトルレッドからカレーパンを受け取り、食べ始める。


「あ、そういや、さっき、ちょっと変な夢見ちまったんだよな。
     何かガラスみたいな壁があって、そこから蛍の光なんかが舞ってる川原を眺めているんだよ。
     皆の話し声がするんだけど、オレの声だけ届かなくってさ。何だか、無性に淋しい夢だったぜ。そして、オレはカレーパンを食う」

「……お前、それ臨死体験じゃないか?」

「マジで!? ラッキー! すげぇ貴重な体験じゃねぇか! そして、オレはカレーパンを食う!」

「臨死体験をラッキーで済ますリトルイエローの図太さには驚くよ」

「ありがとよ」

「別に誉めてないぞ」

「まぁ、ともかく次はオレに任せな。さっきのセクシー・ザ・レディ戦じゃ消化不良だったしな! そして、オレはカレーパンを食う!」

「お前、さっきそう言って、あっさり負けたじゃないか」

「今度はぜってぇ勝つから! もう一回、オレに見せ場作るチャンスをくれよぅ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「それはいいが、勝算とかあるのか? 全く未知の敵なんだぜ?」

「へっ、任せな。勝算はある! 奴が舞台に上がる時、気づいたが……まず、結論から言って、そいつの中身は女だ!」

「何故、着ぐるみを脱いでない相手の性別が分かるんだ?」

「この舞台に上がる階段は軋むからな。その木の板が軋む音で、大まかな体重が分かるんだよ!
     着ぐるみの重さを抜きに考えたら、そいつの体重はあってもせいぜい50kg前後がいい所だぜ!」

「な、何て恐ろしい特技の持ち主……迂闊に舞台に上がったり下りたりできませんネ」

「女の敵だな」

「ほぇ〜、凄い特技持ってますねぇー。体重計要らずですね、リトルイエローは」

「んな細けぇ数字まで分かんねぇから安心しろ。さて、続きだが、そいつのタッパからしてそれで男ってのはあり得ねぇ。
     だから、女だと思った。もし、仮に男だとしても、大した問題じゃねぇな。つまりは、だ。
     ――その程度の筋肉しかねぇ野郎が、素手でこのオレと戦うなんて無謀だってことだ!」

「結局、筋肉論に行きつくんだね」

「だが、結構的を射ているぞ。セクシー・ザ・レディのように武器を持ってるわけではない以上、徒手空拳同士の戦いとなるわけだが……」

「約50kgとリトルイエローじゃ、絶望的なほど体重差がある。それは打撃の威力や耐久力に如実に表れる。ボクサーが階級性になってることからも明らかだ」

「え、じゃあ、リトルイエロー、本当に勝てるの?」

「……常識通りならな」

「……そうだな。それでも敢えて、この場面に登場してくるのが怪しい」

「んなモン、考え過ぎに決まってんだろ! ただのマッド・ザ・ミオチンの代役だっての! おら、かかってこい! そして、オレはカレーパンを食う!」


 腕を上げ、ファイティングポーズを取るリトルイエロー。


「…………」


 熊神様は傍にいるマッド・ザ・ミオチンにそっと何かを耳打ちした。それを受けて、マッド・ザ・ミオチンは何度か頷く。


「『保母さんたちを取り戻すのなら、かかってくるのはお前の方だろう』……と熊神様は仰っております」

「何ぃ? 何やってるか分からねぇ胡散臭い野郎の癖にオレに命令すんのかよ? そして、オレはカレーパンを食う」

「…………」

「『胡散臭くなど無いし、野郎でもない。こう見えても、20代のピチピチギャルだ』……と熊神様は仰ってます」

「……いや、自分でピチピチとか言ってる時点でピチピチじゃなくね?」


 ピキっ……!


 と、その時、空気が凍りつく音がリトルイエロー以外全員の耳に聞こえたそうな。


「つか、それ以前にピチピチギャルって言葉にすんげぇ世代ギャップ感じるよな。死語だぜ、死語」


 ピキキっ……!


 と、その時、空気が更に凍りつく音がリトルイエロー以外全員の耳に聞こえたそうな。


「あ、そうか! てめぇ、実は29才だろ! 29才でも、一応20代だもんな! 何だよ、オバハンじゃねぇか!」


 パキィィっ!!


 と、その時、終いには時空間が割れる音がリトルイエロー以外全員の耳に聞こえたそうな。


「リ、リトルイエロー……俺にはお前が凄い勢いで死亡フラグを立てるようにしか見えないぜ……!」

「あ、ある意味凄いな……全く尊敬はできんが」


 ゴ  ゴ  ゴ  ゴ  ゴ  ゴ  ゴ ! ! !


「な、何!? この物々しい効果音!? レッド、こんなの音響に入れてたの!?」

「いや、俺こんな奇妙な効果音なんか入れてないぞ!?」

「というか、本当に揺れてませんかコレ!?」

「――気だ! あの熊が発する闘気が、この舞台を揺らしているんだ!」

「何ということを! リトルイエロー、貴様はもうおしまいだ! 貴様は熊神様の逆鱗に触れてしまった! もはや、誰にも止められはしない!」

「こわっ! こいつ、鬼こわっ!」

「リトルイエロー、無茶だ! 意地張らずに皆で戦おう!」

「リトルピンクの言う通りだ! 奴は生きながらにして武神の域に達している! お前一人では到底敵わんぞ!」

「大丈夫だ! オレは死の淵から蘇る度に筋肉値がグンっとアップすんだ! さっきよか、はるかに強くなってるはずだ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「何だそれは? 筋肉の超回復のことを言ってるのか?」

「……不味いな。この前見せた、とある戦闘民族の話を真に受けてしまってる」

「やっぱり無茶だよ! ナッパはスーパーサイヤ人にはなれないんだよ、リトルイエロー!」

「ナッパじゃねぇーよ! オレの髪、フッサフサじゃねぇか! そして、オレはカレーパンを食う!」

「いや、体格がナッパだろ」

「へっ! 何にしろ、筋肉値50kg程度じゃ話にもならねぇぜ! ウォオリァァァァァァァァーっ!」

「あぁ! どう考えても、やられキャラなセリフとともに向かって行った!」


 バガンッ!!!


「――ごへっ!?」


 そして、リトルイエローは舞台袖へと消えて行った。


「あ、ありのまま、今、起こったことを話すぜ。『リトルイエローが前にダッシュしたと思ったら、俺の横を通り過ぎてった』
     何を言ってるか分からないと思うが、言ってる俺も訳が分からん。頭がどうにかなりそうだぜ……。
     瞬殺とか秒殺とか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ!」

「何言ってんのとかツッコミたいけど、僕も正直何が起こったか分かんなかった……何が起きたの?」

「リトルイエローがジャブを繰り出した瞬間、蹴り返された。――ハイキックでな」

「って、えぇぇぇーっ!? ハイキックで!? ジャブよりも速いハイキックって、反則染みた強さじゃないか……」

「恐ろしく速く重い蹴撃だった……。あれを見れば、鈴のハイキックが子供騙しに思えてくるぞ……」

「……何かショックだが、あたしじゃあんな威力出せんから、認めざるを得ん」

「…………」

「『子供たち、女性の年齢を聞くと恐ろしい目に遭う。気をつけるんだぞ』……と熊神様は仰っております」

「くっ、実証を伴う訓戒か。こいつは印象深いぜ! 皆、復唱だ!」

「「「「「「「女性の年齢を聞くと恐ろしい目に遭う。気をつけるんだぞ」」」」」」」



〜本日の訓戒そのG〜
「女性の年齢を聞くと恐ろしい目に遭う。気をつけるんだぞ」

熊神様&マッド・ザ・ミオチン(ホントに何才なんだろと思いつつ)

「うぅ……こ、こんな馬鹿なことってあるかよ。このオレが二連敗。しかも、今度は瞬殺だとぉ!? そして、オレはカレーパンを食う……」


 早くも復活した真人が舞台袖からふらふらとした足取りで再び姿を現す。


「リトルイエロー! 無事だったんだね!」

「あぁ、またもや筋肉に助けられたぜ……まったく筋肉様様だな。それよか、気をつけな。
     あいつ、筋肉値を操作できるぜ。オレを蹴り飛ばした瞬間、奴の筋肉値はどう見積もっても53万kgは超えてやがった。化けモンだ!
     しかも、おそらく後2回ほど変身を残してるに違いねぇ。本当の地獄はここからだぜ……そして、オレはカレーパンを食う」

「…………」

「『そんなわけあるか。私の体重は47kgだ。大体、その筋肉値とやらは何だ?』……と、熊神様は仰っております」

「…………っ!」

「『って、何で私は自分の体重を暴露してるんだ。恥ずかしいだろっ!』……と熊神様は仰っております」

「知らねぇよ! つか、その体重計壊れてるぞ! じゃねぇと、このオレが吹っ飛ばされた説明が付かねぇ!
     はっ、そうか、トリックか!? トリックでオレを後ろに吹っ飛ばしやがったのか!? なんつー卑怯者なんだよ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「屁理屈の捏ね方がミスターサタンになってるぞ、お前」

「自分が2回も女性に負けたことを認めたくないんだよ、察してあげて」

「フッ、思ってもみない強敵だな。……ついにアレを使う時が来たか」


 言うなり、リトルレッドは舞台袖まで何故かバック転で下がる。そして、ガサゴソと物音を立て始める。


「……何をやってるんだ、あいつは?」

「さぁ、何か探してるみたいだけど……」


 探し物にさほど時間はかからなかったようで、再び出てきた。その時には……。


「はりゃほれうまうー」


 どこかの部族が怪しい儀式に使いそうな仮面を付けていた。プラス、槍のように先が尖った……というか、槍を持っていた。


「えぇー!? 何でここにきて、そのマスクを!?」

「何を言う。大体、物語の中盤でヒーロー以上のうまうーが現れた時、第二の強化コスチュームになるのは戦隊物の習いじゃないか、うまうー」

「強化コスチュームって……そんな仮面を着けただけで強くなるものか?」

「あぁ、なるぜ。何てったって、うまうーだからな。これを着けることで俺の中の潜在能力をうまうーさせるのさ」

「マジか!? レッド! 俺にも、そのうまうーとやらを着けさせてくれ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「残念ながら、このうまうーは俺専用なんだ。皆の分も用意して斉藤祭りにしたかったが、中々良いうまうーが無くてな、うまうー」

「いや、別に欲しくないし。皆、着けたらもはやヒーローじゃなくて、ただの狩猟民族じゃない」

「所で会話の端々に『うまうー』という単語が出てくるが、どんな意味なんだ? 用い方からして名詞か動詞みたいだが?」

「それはうまうーにも分からん。これを着けると、無性に意味も無く『うまうー』と言いたくなるのさ、うまうー」

「呪いのアイテムじゃないのか、それ?」

「さて、うまうーよ。今度は俺がうまうーになるぜ。うまうーたちは下がってな。巻き込まれるぞ! はりゃほれうまうーっ!」

「こいつ、今うまうーって4回言ったぞ!」

「もう、うまうー言い過ぎて、文章が意味不明じゃないか……」

「多分、熊神よ、今度は俺が相手になる。お前たちは下がってろってことじゃないか?」

「…………」

「『また妙なうまうーが現れたものだな。だが、良かろう。かかってこい!』……と、熊神様は仰っております」

「熊にもうまうーが移ってるぞ、うまうー!」

「鈴も移ってるよ」


 そこから、先は常人が知覚できる世界ではなかった。見ることはできるが、何をどうして、どうなってるのかが分からない。

 リトルレッドが次々と繰り出す刺突を熊神様が首を傾ける、体を半身にする、手で柄を払うといった動作で躱していく。

 最後の光景だけは皆見届けることができた。リトルレッドの薙ぎ払いを熊神様がしゃがんで躱し、そこを見計らって、足を狙っての槍の刺突。

 ――しかし、何故か一瞬だけリトルレッドは踏み込みを躊躇した。

 それが明暗を分けた。足を上げ、刺突を躱した熊神様がそのまま槍の柄を踏みつける。テコの原理で槍が砕かれた。


「うまうっ!?」

「――っ!」


 さらに必殺のハイキックが放たれる。僅かに身を引いたが、それが顔を掠め、リトルレッドの仮面が吹き飛んだ。リトルレッドがその場に片膝を着く。


「…………」

「…………」


 両者は何も言葉を発することはなかった。立つ者と屈する者がいれば、それ以上言葉を重ねる必要はなかった。


「そ、そんなレッドが負けた……」

「マジかよ……うまうーと化したあいつでも勝てねーのかよ。そして、オレはカレーパンを食う……」

「よもや、ここまでか……」


 リトルレンジャーの精神的な柱でもあるレッドの負けは全員の負けに等しかった。


「あ、あれぇ〜? 勝っちゃいましたよ? ど、どうしましょ〜?」

「……わたしは、知りません。呼んだ小毬さんが悪いかと」

「ほぇぇぇ〜、私のせいですかぁぁぁ〜?」

「こまりちゃんのせいじゃない。弱いきょーすけが悪い」


 彼らが負けてもっと困るのジャアクナンダーだったりする。

 熊神様がゆっくりと腕を動かす。とどめを指すつもりだと思ったが、しかし、


「狽пi∵)」

「狽пi∵)」

「顔文字パクられた!? 煤i∵)」


 何故か、両者はサムズアップを交わしあっていた。そして、熊神様は振り返り、舞台を降りて退場して行った。


「えっ、何!? 何二人とも通じ合ってたの!? 何なの、さっきのサムズアップはっ!? 何で負けを認めたかのように去って行ったの?」

「やれやれ、全く知りたがり屋さんだなぁ、リトルピンクは。しょうがない、答えてやろう。奴が退いた理由はこれさ!」


 リトルレッドが身をどけるとその足もとには花があった。いや、正確には花のおもちゃがあった。


「あ、そいつは来ヶ谷の野郎が以前、オレの頭に置いた花じゃねーか! そんなもん、何時の間にセットしてやがったんだ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「やはり、奴は恐ろしい強敵だった。あんまり強いんで、途中からまともにやって勝てる気がしなくなってな。ちょいと嵌めさせてもらったぜ」

「なるほど、武人としての心意気を見せることで退けたのか。通りで最後の踏み込みが変だと思った」

「フッ、奴の目はこう言っていたモンさ。
     『アンビリィバボォーッ! ヨモヤ 戦イノ最中 デサエ 花ヲ 愛デル心ヲ 忘レヌトハ!
      ソノ 心意気ニ 熊神モ “グッと”来タネ! リトルレッドヨ!
      コレカラモ ソノ 精神ヲ 忘レズニナ! “グッド”ラック! HEHE 上手イ事言ッタ!』とな」

「いやいや、そんなカタコト日本語喋る人じゃなかったでしょ」

「そもそも、目は着ぐるみの目だから、そんな感情豊かに訴えないだろ。はっ、だから、『狽пi∵)』だったのか!?」

「くっ、熊神様まで敗れるとは……もはや、これまで!」


 マッド・ザ・ミオチンは白衣のポケットから、ドロリとしたピンク色の液体の入った小瓶を取り出し、グイっと呷った。そして、ドサッと倒れる。


「……濃厚過ぎます」

「あぁーっ! マッド・ザ・ミオチンが宣言通り、自決してしまったぁぁぁーっ!」

「何が濃厚だったんだ? 謎のメッセージだな」

「さぁ、これで残るは2人だぜ! 次はお前だな! キャット・ザ・リン!」

「ようやく、あたしの出番のようだな」

「ふぁっふぁっふぁ、リトルレンジャーたちよ! はたして、貴様らにキャット・ザ・リンが倒せるかな?」

「何っ!? それはどういう意味だ!」

「ふぁっふぁっふぁ、それは戦ってみれば分かることよ! さぁ、往くがいい! キャット・ザ・リン!」

「行くぞ! リトルレンジャーども! ペペロンチーノ・ハイキック!」

「なっ!? こ、この技は……。――まさかっ!?」

「へっ、さっきの熊公に比べりゃあ、全然余裕だぜ! オリャアアアアアーッ!」

「とりゃぁぁぁぁぁぁーっ!」

「二人ともっ! やめるんだぁぁぁぁぁーっ!」


   ボグっ!!


 割って入ったリトルレッドの体にキャット・ザ・リンのハイキックとリトルイエローの拳が入る。


「ぐはっ……!!」

「リトルレッド!?」

「何で割って入ったんだよ!?」

「お前なら両方止めることもできただろうに……。はっ、そうか! お前さっきの熊神戦で既に……」

「そうだ。うまうー化は俺のボディに多大な負荷を掛ける。もう俺はとっくに限界を超えていたのさ……」

「でも、どうして危険だと分かっていて、割って入ったのさ! 庇う必要何かないじゃないか! 相手は猫怪人、キャット・ザ・リンなんだよ!」

「違うっ! 猫怪人なんかじゃない! こいつは……。――こいつは、俺の生き別れた妹なんだぁぁぁーっ!

「「「何だってぇぇぇぇぇーっ!」」」

「ふんっ、何を言ってるんだ? あたしに兄などいない」

「何を言ってるんだ、鈴! 共に世界の平和を守るリトルレンジャーとして、修行に明け暮れた日々をお前は忘れてしまったというのか!」

「ふぁっふぁっふぁ、無駄なことだ! 既にキャット・ザ・リンにそのような記憶など残っておらんわ!」

「な、何だと……はっ! ま、まさか、貴様、鈴を怪人に改造した時に記憶を消したのか!?」

「ふぁっふぁっふぁ、だとしたら、どうだというのだ! 怪人と化した者に人間だった頃の記憶など不要!
      だがな、リトルレッドよ! はたして、貴様は実の妹と闘うことができるかな? ふぁーっふぁっふぁっふぁ!」

「兄妹を戦わせるなんて……! ジャアクナンダー、絶対に許せません!」

「なんて邪悪なんだ……ジャアクナンダー」

「あんな奴、許せないわっ!」

「頑張れぇぇーっ! 負けるな、リトルレンジャー!」

「鈴! 思い出すんだ! リトルレンジャーとしての使命を!」

「そんなもん知るか。お前の勘違いだ! ペペロンチーノ・ハイキック!」


 バキっ!!


「がはっ!!」

「あぁ! このままじゃレッドがやられてしまう!」

「説得なんてできんのかよっ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「可能性は……限りなく低いが、ある。人間の言葉が話せるということは、鈴はまだドッグ・ザ・クドほど改造が進んでいないということだ。
     もし、完全に怪人化しているのなら、今頃は『ふかー!』しか言えないはずだ。何か人間だった頃の記憶を呼び覚ます物があれば……!」

「人間だった頃の記憶を呼び覚ます物……。――そうか! あれなら!」

「これでトドメだ。喰らえ! ペペロンチーノ・ハイ――」

「――鈴、これを見ろぉぉぉぉぉぉぉーっ!」

「そ、それはっ!」


 リトルレッドが高々と掲げた物。それは……鈴だった。


「そうだ。お前が幼い頃、頭に付けていた鈴だ!
     お前が川原で遊び呆けて失くしてるのに気づいた時、一緒に探し回ったろ? それとも、お前はそんな兄との思い出も忘れてしまったのか!」

「うぅ……やめろ! その鈴見てると、頭が痛い……!」

「結局、新しいの買うことになったが……皮肉なもんさ。あの後、お前がいなくなったで見つかるなんてな。
     でも、俺は形見だなんて思っちゃいなかったぜ。きっとお前は生きている。だから、俺はずっとお前に返す日を待っていたんだよぉぉぉーっ!」

「う、うわぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁーっ!」

「何とっ! キャット・ザ・リンの記憶が戻ろうとしているのか! えぇい、このヤクタタズめ! 我が新聞紙ブレードのサビとなるがいい!」


 ジャアクナンダーがキャット・ザ・リンを背後から斬りかかろうと大上段に構え、走り出す。その一撃は袈裟切りの軌道を描き――。


「鈴!? 危なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーいっ!」


 ザシュっ!!


 一つの赤い影を引き裂いた。倒れこむリトルレッドの手を取るキャット・ザ・リン。


「リトルレッド!? どうして……どうして、あたしを庇ったんだ。あたしはお前の――」

「――妹だからな。兄として当然のことをしたまでさ……ぐっ!」

「「「レッド!」」」

「フッ、悪いな、皆。どうやら俺はここまでのようだ……」

「ま、待てっ! 勝手に死ぬな! ――馬鹿兄貴っ!」

「鈴、お前記憶が……そうか、良かった。ははっ、そうだったな。お前はいつも俺のことをお兄ちゃんと呼ばなかったよなぁ。
     いつもちょっと凹んでたが……何でだろうなぁ。今は馬鹿兄貴と呼ばれる方が嬉しいぜ……」

「何度でも言ってやる、馬鹿兄貴! だから、死ぬな、馬鹿兄貴! 思い出せたのにすぐ死ぬな、馬鹿兄貴!」

「おいおい、そんなに馬鹿馬鹿言うなよ……お兄ちゃん、悲しいぜ……。
     キッズたちよ! お兄ちゃんはいつだって、弟や妹を守ってやらなきゃな……!」

「くっ、馬鹿兄貴が命を賭して残した訓戒だ! 皆、復唱しろ!」

「「「「「「お兄ちゃんはいつだって、弟や妹を守ってやらなきゃな……!」」」」」」



〜本日の訓戒そのH〜
「お兄ちゃんはいつだって、弟や妹を守ってやらなきゃな……!」

リトルレッド(死に際に安らかな笑みを浮かべて)



「皆、必ずジャアクナンダーを倒してくれ。そして、世界に平和を……」


 そして、リトルレッドの手はゆっくりと大地に落ちていった。


馬鹿兄貴ぃぃぃぃぃぃーっ!

「「「レッドォォォォォォォーっ!」」」

「そ、そんなジャアクナンダーと戦う前にレッドが死んじゃうなんて……」

「これから、どうなるの……」

「んー、気になる……」

「ふぁっふぁっふぁ、妹を庇って死ぬとは馬鹿な奴よ! 所詮、そこまでの男だったということだな!」

「何だと……あたし以外に馬鹿兄貴を馬鹿と呼ぶ奴は、このキャット・ザ・リンが……いや、リトルレッドが許さん!」


 ビリビリっ!


 キャット・ザ・リンが自らの衣装を引き裂くと、その下から、リトルレッドの衣装が現れた!


「情熱を司る赤き炎、二代目リトルレッド! ここに参上っ!」

「に、二代目だとぉ……!?」

「馬鹿兄貴が果たせなかった平和への願い……あたしが代わりに叶えてみせる! ピンク、ブルー、イエロー! 皆、あたしについて来てくれ!」

「すごい! 猫怪人がレッドになった!」

「女のレッドなんて、オラ初めて見るぞぅ」

「リトルレッドのお姉ちゃん頑張れぇぇぇーっ!」

「兄の願いを妹が叶える。かー、これは燃える展開やでっ!」

「先代レッドの後を継ぐのは鈴が一番相応しいよ。僕は君についていく! よろしくね、鈴! いや、レッド!」

「右に同じだ。異論なんてあるものか。俺もついていくぞ、二代目っ!」

「昨日の敵は今日の友かよ。へっ、熱いじゃねぇか! 俺の筋肉は役に立つぜ、二代目! そして、オレはカレーパンを食う!」

「よしっ! 皆、行くぞ!」

「「「「おぉぉぉりゃあああああーっ!」」」」

「しゃらくせぇぇぇぇーっ! メタボリック・ローリングファイナル・スラッシャァァァァー!」

「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」」」」


 ジャアクナンダーが新聞紙ブレードを一閃させると、同時に掛ったリトルレンジャーは吹き飛ばされた。


「くっ! なんて威力なんだ! メタボリック・ローリングファイナル・スラッシャー!」

「訳が分からん名前の癖に、大した威力じゃねぇかよ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「おそらく、あの新聞紙ブレード。重ねているの一枚や二枚じゃないぞ! 幾重にも重ねて巻かれたそれは、もはや、鉄パイプ並の強度と重さを誇っている!」

「ふぁっふぁっふぁ、流石は冷静を司る大海、リトルブルー。その通りよ。これぞ、我がジャアクナンダー特製、ウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレード!
      そんじょそこらの新聞紙ブレードと一緒にするなよ! まずは、素材はちょっとマイナーな毎月新聞のみを厳選し、巻く!
      そして、次にあらかじめ別に用意しておいた折り紙の、しかも、ピカピカで明らかに紙質の違う金色だけを外装に巻くことで、かなり豪華に見せる!
      最後の仕上げに丸めた新聞紙をガムテープで、全部無くなるぐらい全体を巻きまくって完成させるのだ!」

「いやいや、金色の折り紙使っておきながら、何で最後はガムテープで巻いちゃうんだよ!」

「勿体ないだけじゃないか……」

「フッ、これだから素人は困る。そうした、全く訳の分からん、無駄なこだわりをもつことで、より強大な何だか良く分からないパワーを付加させるのですヨっ!
      これで殴られた者は、メタボリックの中年男性のように、脂っこい料理大好きだけど食べ過ぎて胸焼けシター!みたいな状態になるのだぁぁぁーっ!」

「成程な、通りで吐き気を催すような重苦しいダメージだと思ったぜ……。そして、オレはカレーパンを食う」

「吐き気催しそうでも脂っこいカレーパンを食べるんだね。リトルイエロー」

「とゆーわけで。ヘイ、キッズたちー! 食べ過ぎるとウェッ!って気分になるから気をつけましょーネ!」

「くっ! 何か微妙に筋違いで脈絡ない訓戒だが言ってることは正しい! 皆、復唱しろ!」

「「「「「「食べ過ぎるとウェッ!って気分になるから気をつけましょーネ!」」」」」」



〜本日の訓戒そのH〜
「食べ過ぎるとウェッ!って気分になるから気をつけましょーネ!」

ジャアクナンダー(新聞紙ブレードでコマダのモノマネをしつつ)



「皆、まだ動けるか!?」

「うん、かろうじてね……」

「これがメタボリック中年並の体のダルさか……」

「二代目。ここは俺に任せろ。俺の……とっておきを見せてやる」


 リトルブルーは膝を支えながら、立ち上がり、たった一人ジャアクナンダーへ向かって歩き出す。


「ふぁっふぁっふぁ! 4人がかりでも勝てなかったのにお前1人で勝てるわけがないだろう!」

「先ほどは数の優位に油断しただけだ。今度は――負けん!」


 言うなり、手に持っていたプラスチック製の刀を投げ捨てるリトルブルー。


「戦いの最中、自ら剣を捨てるとは血迷ったか、リトルブルー!」

「何とでも言え。素手でなければ、使えん技もある」

「ふぁっふぁっふぁ! 刀を捨てたリトルブルーなど、リトルイエローほど恐ろしくないな! 散るがいいっ! かたじけのうござるぅっ!」

「――見えたっ! 秘技、無刀取り!」


 大上段に構え、突っ込むジャアクナンダー。振り下ろす寸前、リトルブルーが懐に潜り込み、柄頭に当たる部分を下から掌底で突き上げる。


 スポンっ


 と、そんな擬音が聞こえてきそうな程、ウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレードは見事にすっぽ抜けた。くるくると宙を回ると、それはリトルブルーの手の中に落ちる。


「…………えーと、すみません。それ、あたしのなんで返してません?」

「かたじけのうござるっ! ギャラクテカ・メェェェェーンっ!」


 スパァァァーンっ!


「って、私、こんなアホな終わり方なのかーっ! む、無念なりぃぃぃ〜……」

「フッ、悪は滅びた」

「あ、てめぇブルー! 最後の最後でいいトコどりかよ! ずりぃぞ! そして、オレはカレーパンを食う!」

「ラスボスのわりにあんまり強くなかったね。……こんな奴にレッドがやられるなんて」

「だが、これで世界の平和は守られた。終わりよければ全て良しだ。後は人質のおねーさんと保母さんを助けるだけだな」

「えー、あれで終わりー?」

「何か最後は盛り上がらなかったよねー」

 リトルレッドが人質のおねーさんと保母さんに近付いていく。


「さぁ、もうジャアクナンダーは倒したぞ。早くここから逃げるんだ」

「ありがとう〜、リトルレンジャ〜。そして……」

「っ! 避けろ、レッドっ!」

――さらばだぁっ!

「うわぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

(理樹&謙吾&真人)「「「レッドォォォっ!」」」


 人質のおねーさんが放った横薙ぎの一撃を喰らうリトルレッド。バックステップで辛うじて、致命傷は避けたが、ダメージからか片膝を着く。


「な、何をするんだ。人質のおねーさん……」

ふぁっふぁっふぁ、咄嗟に致命傷を避けるとは流石だな、リトルレッドよ!

「そ、その笑い方は……それにその手に持ってる武器は……」

「ウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレード!? 人質のおねーさんが一体何故そんなものを!?」

簡単なことよ! それはなぁ……。――わしこそが本物のジャアクナンダーだからだぁぁぁーっ!

「「「「何だってぇぇぇぇぇーっ!」」」」

ふぁっふぁっふぁ、よくぞ、我がジャアクナンダー軍団を全て打ち倒したものだ。
   中々面白い見世物だったぞ。わしの影武者とわしが組織したジャアクナンダー軍団と戦ううぬらを見るのはなぁ!
   そう、うぬらはこのわしの……真・ジャアクナンダーの手の平の上で遊んでいたも同然だったのだっ!


「そ、そんな今まで僕たちと一緒に応援してたおねーさんが……」

「真・ジャアクナンダーだったなんて……」

「まさか、あのポヤヤンとした子が諸悪の根源だったなんてねぇ……」

「ギャップがあり過ぎて、予測できなかったわ……」

「てめぇ、よくもレッドを! そして、オレはカレーパンを食う!」

「不意打ちとは卑怯だぞ!」

ふぁっふぁっふぁー! 勝手に油断した奴が悪いのだ!

「許さねぇ……行くぜ、ブルー! 同時攻撃だ!」

「応とも! うぉぉりゃぁぁぁぁーっ! ギャラクテカ・メェェェェーンっ!」

うぬら如きに、わしが斬れるかぁぁぁーっ!

「「うわああぁあああああぁあああーっ!」」


 真・ジャアクナンダーがウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレードを一振りすると、二人のレンジャーは突風に遊ばれる木の葉のように舞台袖近くまで吹っ飛んでいった。


「屈強なリトルイエローとリトルブルーが一撃!? な、何てパワーなんだ!(主にイエローとブルーの後ろ飛びの脚力が!)」

「くっ、流石はラスボスだ!(しかも、あいつらムーンサルト2回捻りしながら倒れたぞ! プロのスタントマンで食ってけるんじゃないのか!?)」

「スッゴーィ! あのおねーさん。実は無茶苦茶強いぞ!」

「まー、どう見ても男二人が自ら吹っ飛んでるんだけどねー」

「最後の最後でこんな強敵が残ってるなんて!」

「リトルレンジャー、これからどうなっちゃうの!」

ふぁっふぁっふぁ! 脆い! 脆過ぎる! この程度では肩慣らしにもならぬわーっ!

「不味い! リトルイエローやリトルブルーが一撃でやられちゃうような攻撃を僕たち喰らったら、ひとたまりもないよ!」

「くっ、スマン。馬鹿兄貴……あたしは世界を平和にすることができなかった……」


 リトルレッドが、絶望に包まれたその時、




――諦めるのはまだ早いぜ……鈴!――




 全ての時が止まり、懐かしい声が響いた。


「レッド!? そんな死んだはずじゃ……」




――ああ、確かに俺は既に死んでいる……だが、正義の魂は不滅なのさ――




「何だ? 幽霊みたいなモンなのか?」




――そうだ。だが、あまり長い時間こうしていられない――

――すぐにでも、俺の魂はこの地上を離れなければならない――

――だが、その前にお前たちに一つ伝えておかなければならないことがある――

――上を見ろ、鈴――




「上……? はっ、何だあれは!?」


 舞台の天井から、何かがゆっくりと(ピアノ線に吊られて)降りてくる。光り輝くそれは……一振りの剣だった。




――それが、代々リトルレッドに受け継がれてきた最強の剣――

――聖剣リトルバスターズだ!――




「聖剣リトルバスターズ!?」




――その剣にお前たちの持つ全ての情熱を込めて、解き放て!――

――それで、真・ジャアクナンダーを倒せるはずだ!――




「くっ、この剣、凄いパワーを感じる……。持つのが精いっぱいだ……」




――大丈夫だ。お前ならきっと使いこなせるさ――

――じゃあな。これで本当にお別れだ――

――勝てよ、二人とも。勝って……幸せに暮せ――




「馬鹿兄貴、馬鹿兄貴ぃぃぃぃーっ! そんな、もう逝ったのか……。最後の最後まで、ホントに世話焼きな奴だ……」

「レッド、僕たちはこの戦いに絶対負けられないよ……先代レッドの遺志に報いるためにも!」


 そして、全ての時が動きだす。


むぅっ!? 何だ、その剣は!? このウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレードを超えるパワーを感じるだとっ!?

「来るぞ! リトルピンク! ――うぅっ!」

「レッドっ!? どうしたの!?」

「ま、不味い……。さっきの不意打ちのダメージで、聖剣リトルバスターズにあたしのパワーを注ぎ込むとあたしの体が持たない……」

「そ、そんな!?」

ふぁっふぁっふぁ! 無様なものよ! それでは宝の持ち腐れもいい所ではないかぁー!
   どうやら、最後の最後に笑うのはこの真・ジャアクナンダーだったなぁぁぁぁーっ!



 真・ジャアクナンダーの凶刃が二人に迫る。しかし、その時、二つの影がリトルレッドとリトルピンクを庇うように立ち塞がった。


「へっ……この暑苦しい筋肉を忘れてもらっちゃ困るぜ……」

「俺たちが時間を稼ぐ……。その間に何とかするんだ……」

「二人とも、もうボロボロじゃないか! そんなことしたら、二人とも……!」

「気にすんな。お前らは真・ジャアクナンダーを倒すことだけ考えてろよ。行くぜ、リトルブルー!」

「うぉぉぉーっ! ギャラクテカ・マァァァーンっ!


 ついにリトルブルーのテンションが有頂天に、いや、頂点に達した!


小賢しい真似をっ! ならば、受けてみよ! ウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレード――二刀流っ!


 影武者のジャアクナンダーが持っていたウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレードを拾い、二人まとめて相手をする真・ジャアクナンダー。

 恭介が実演で見せた手ほどきを、完璧に模倣してみせる今の小毬は強敵だった。


「くっ! やっぱり無理だ。聖剣リトルバスターズのチャージは完了したが、これを放った時の反動に耐えるだけのパワーが、あたしには無い……」

「だったら、僕が……。――僕が、レッドを支える! 一人じゃダメでも、二人なら……できるはずだ!」


 リトルピンクがリトルレドの傍に駆け寄り、共に手を携える。


「リトルピンク……。よしっ、分かった。一緒に撃とう! ブルー、イエロー! もういいぞ! 退けっ、二人とも!」

「へへ、我らがリーダーが退けと仰せだぜ……? さっさと退けよ、ブルー……」

「できるならとっくにそうしている。……そうだろう、イエロー?」

「まさか二人とも、もう立ってるので精一杯なの!?」

ふぁっふぁっふぁ! わしの相手がそうそう楽に務まるものかーっ! トドメだ! 喰らぇい!


 真・ジャクナンダーがウルトラ・マサムネ・新聞紙ブレードをそれぞれ左右に薙ぐ。

 二人のレンジャーは真・ジャアクナンダーの一撃に薙ぎ倒されながら、


 ガシっ!


 リトルイエローが右腕を、リトルブルーが左腕を掴んだ。


ぬぬっ!? 放せ! 放せと言っているだろう!? こやつら、いったい何所にこんな力がぁぁぁーっ!?

「今だ! オレたちが真・ジャアクナンダーを押さえている内にそいつをブチかませぇぇぇぇぇーっ!」

「馬鹿か、お前ら! それだとお前らまで巻き添えになるだろ!」

「構わん! この期を逃すつもりか! この傷だ……どの道、俺たちは助からん! 俺たちを……無駄死させるな!」

「でも!」

「レッド! ……撃つんだ。二人の覚悟を無駄にしちゃいけない!」

「ピンク……分かった。撃つ。撃って……これで終わらせる!」

「そうだ。それでいいんだよ。へっ、リトルブルーよぉ。最期に最高にカッコイイ訓戒残してやろうぜ!」

「フッ、いいだろう。それもまた一興……付き合ってやるさ!」

「キッズたちよ! 命に代えても惜しくない仲間――!」

「――それが心友と言うものだ!」



〜本日の訓戒そのI〜
「命に代えても惜しくない仲間! それが心友と言うものだ!」

リトルイエロー&リトルブルー(そして、彼らもまた微笑んで去った)



「「行くぞ、これで最後だ! 真・ジャアクナンダァァァァァァァァァァーっ!」」

ほ、ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!
















「「友情!」」










「「奥義!!」」










「「輝ける我らの不滅なる絆リトルバスターズッ!!!」」





















全ては強烈な光の中に消えていった。

それが晴れた時、リトルブルーとリトルイエローの姿は無く、真・ジャアクナンダーだけが地に倒れていた。


「うぅ、何故……。何故、私は貴方たちに負けてしまったの?」


真・ジャアクナンダーの口調はいつしか、人質のおねーさんのモノに戻っていた。


「お前は何人も部下がいたが、独りだった。だから、あたしたちに負けた」


リトルレッドの言葉を受けて、真・ジャアクナンダーの表情が陰る。


「独り……そう、小さい時から、私はいつも独りだった」

「仲間に入れて欲しかっただけなのに、皆が私を仲間外れにする」

「それが悲しくて、辛くて、悔しくて……だから、叩いてやった。蹴ってやった」

「その時だけは皆、私を見てくれる。構ってくれる。だから、もっとイジわるなことをしてやった」

「そうしたら、お友達ができた。一緒にイジわるをしてくれるお友達。初めてお友達できて嬉しかった」

「だから、もっともっとイジわるなことをしてやった。そしたら、もっとお友達ができた」

「でも、それは普通のお友達じゃなかった」

「皆、私の言うことは何でも聞いてくれるけど、誰も私を遊びには誘ってくれない」

「私から声をかけると、皆、本当は怖がってた。私に近寄らないようにしていた」

「それはきっと……このお人形さんと同じ」


真・ジャアクナンダーがポケットから、二つの手使い人形マペットを取り出す。

それは開幕当初、人質のおねーさんが手に付けていた物だった。


「最初の人形劇の裏にはそんな理由があったんだ……」

「先生も気付かなかったわ。その時点で既にそんな伏線があったのね……」


いつしか先生たちも劇を真剣に見ていた。


「お人形さんは笑わない。お人形さんは私に話しかけない。遊ぶ時にただ一緒にいるだけ」

「どうすれば、良かったんだろう?」

「どうすれば、素敵なお友達が作れたんだろう?」


真・ジャアクナンダーはそれを両手に嵌めて、独り遊びをしていた。

片方の人形の首を傾げさせると、もう片方の人形も同じように首を傾げる。


「そんなの簡単だ。こうすればいい」


言うなり、リトルレッドは片方の人形をサッと抜き取って、自分の手にそれを嵌める。

そして、片手に嵌めた人形を巧みに操りながら、言う。


「あたしは鈴。すずと書いて、“りん”だ。キミの名前は何て言うんだ?」

「……小毬。小さい毬で“こまり”って言うの」

「そうか、こまりちゃんって言うのか。こまりちゃん、手を出してくれないか?」

「……こう?」


人形の手を真っ直ぐに伸ばす。

すると、リトルレッドも人形の手を真っ直ぐに伸ばした。

そして、二つの手が重なった。


「握手だ。これがお友達の第一歩だ。これでもう、あたしたちはお友達だ。そして、これからもっと仲良くなっていく」

「嗚呼、そっかぁ……。こんなにも簡単なことだったんだね……くっ!」


真・ジャアクナンダーが身を起こし、園児たちの方を向く。


「子供たちっ! 君たちの手は叩くためじゃない! お友達と握手するためにあるんだよ!」

「レッド……」

「分かってる、リトルピンク。良い訓戒だ。勿論、復唱だ!」

「「君たちの手は叩くためじゃない! お友達と握手するためにあるんだよ!」」




〜本日の訓戒そのJ〜
「君たちの手は叩くためじゃない! お友達と握手するためにあるんだよ!」

真・ジャアクナンダー(最期に友達を作りながら)



「もっと早く……貴方達に会えてたら……私も、こんな風にならなかっ……たの……か……なぁ……」

「こまりちゃんっ!?」


最後の気力を使い果たし、彼女はゆっくりと目を閉じていった。

恐怖はなかった。彼女はもう独りではなくなっていたから。

ただ夢を見る。

もしも、そうだったらという、温かな夢を。





「彼女もある意味、被害者だったのかもしれないね……」


リトルピンクがそう言った時だった。


「わふっ!? 帰って来てみれば、もう誰もいませんですっ!?」

「「ドッグ・ザ・クド!?」」


入口の方を見ると、犬怪人ドッグ・ザ・クドが帰って来ていた。
片手にカレーの皿を携えて。


「まだこいつが残っていたか!」

「あの〜、すみません。ちょっと奇抜な格好をしたおねーさんたちがどこに行ったか知りませんかぁ?」

「白々しい奴め! 退治してやる!」

「わ、わふ〜! 私、喧嘩売られてますか!? 喧嘩は嫌なのですぅ〜……」

「待って、レッド。もしかして、ジャアクナンダーがいなくなったおかげで、ドッグ・ザ・クドは邪気がなくなったんじゃない?」

「そう言えば、人間の言葉も喋ってるな」

「わふぅ……私はひとりぼっちになってしまったみたいです」

「だったら、僕たちと一緒に行く?」

「そうだな。丁度、五人いるべきリトルレンジャーも数が足りないし、お前、リトルレンジャーになれ」

「わふーっ! 犬怪人でも、リトルレンジャーになれるのですかっ!」

「改心すればな。ただし、ブルーとイエローは永久欠色だから、別の色だ。そうだ。リトルホワイトでどうだ?」

「うん、いいね。よろしく、リトルホワイト!」





――こうして、俺たちリトルレンジャーとジャアクナンダーの戦いは終わった――

――だが、それは一時の安らぎに過ぎない――

――またいずれ、強大な敵が彼らの前に立ち塞がるだろう――

――戦え! ぼくらのリトルレンジャー!――



――行け行け! ぼくらのリトルレンジャー!――





〜閉幕〜






   おまけ




「ヒュゥッ! 大成功だったな!」


 ワゴン車の中、恭介が運転しながら、ルームミラー越しに皆に言う。


「いや〜、大変でしたヨ。全然リハ通りいきませんでしたもん」

「ふむ、大体、恭介氏がブルーの衣装忘れた辺りから暴走し始めたんじゃないのか?」

「そう言うなって。いいじゃねぇか、最終的にはリハ通り終わったんだしさ」

「ん? あれ? なぁ、恭介。設定上、リトルレンジャー最強キャラはイエローだったんだよな?」

「あぁ、そうだ。壮絶な最期だったじゃないか?」

「でも、良く考えてみたら……やっぱ、変じゃねぇか!?
     最初の戦闘員では盾役してたから、誰も倒してないだろ? 第二のドッグ・ザ・クド戦じゃ、リトルピンクの機転に助けられただろ?
     第三のセクシー・ザ・レディ戦は、電気ムチの後、訳分からんパン食って気絶して不戦敗。第四の謎の熊公戦には、怒りのハイキックで瞬殺。
     第五のキャット・ザ・リン戦じゃ、ただの出番なし。第六のジャアクナンダー戦も、リトルブルーに出番取られて、またも活躍なし。
     そして、最後の真・ジャアクナンダー戦だって、防戦一方で勝つには至ってねぇ。
     こうして考えてみると、オレだけ誰一人倒してねぇじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉーっ!」


 ブチブチ!


「嗚呼! リトルイエローが実は最弱であることに気づいたショックで、真人が髪を引き千切り始めた!」

「そう言えば、リトルピンクは戦闘員1名、能美さん、来ヶ谷さん、小毬さんで合計4人も倒していることになります」

「わふー! リトルレンジャーのエースは、リトルピンクだったのですねー!」

「しかも、また女に負けてんのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」


 ブチブチブチ!


「おぉ。こいつ、このまま髪の毛抜いていったらハゲるんじゃないのか?」

「真人! よく考えて! リトルピンクは僕だ! 男なんだよ!」

「あっ、そうか! ふぅ、ショックが治まってきた……」

「ちなみに、俺は2人倒したぞ?」

「ちくしょぉぉぉぉーっ! 謙吾に負けたぁぁぁぁぁーっ!」


 ブチブチブチブチ!


「あぁ! 何してんのさ、謙吾! せっかく、真人のショックが治まったのに!」

「そう言えば、最後の聖剣の件は良かったですネェ……姉御」

「ああ、そうだな。リトルレッドとリトルピンクが一本の剣に手を携えてな。あれはまるで……」

「「ウェディングケーキの入刀式みたいだったな(でしたよネっ!)」」

「――っ! 煤i///)」

「――えぇっ!」

「おっと、ここでネタばらしかい? このデジカメにもラブラブっぷりが出まくってるぜ!」


 後方に向けて、ポイっと長方形の物体を投げる。理樹が最速でキャッチし、中を確認する。

 そこには肩と肩が触れ合うほどくっ付き、一振りの剣を持つ理樹と鈴の姿があった。


「う、うわぁぁぁぁぁーっ! 何時の間にこんなの取ってたんだよ!」

「あの時点で何人退場していたと思ってるんだ? そんなのいくらだって撮るチャンスはあったさ!」

「――消去っ!」

「あ、そうだ。来ヶ谷。今度、バックアップから引き伸ばした奴プリントしてくれな。部室に貼るから」

「うわぁぁぁぁーっ! 既に手遅れだったぁぁぁぁぁぁーっ! やめてぇぇぇ、恥ずかし過ぎるぅぅぅぅぅーっ!」

「待て、恭介! ちょっといいか?」

「そうだ! 謙吾からも言ってあげて!」

「俺の部屋にも欲しいから、一枚くれないか?」

「そんなの見てどうするんだよぉぉぉぉぉーっ!」

「まずはその写真から結婚式を連想し、さらに二人の子供が誕生するところまで想像する。うむ、これは想像力を鍛えるのに良い鍛練だ」

「それは想像ではなく、妄想の類だと思いますよ? ……ちなみにわたしも得意です」

「そういや、俗説じゃ、男児は母親に似て女児は父親に似るらしいぜ? 謙吾」

「何ぃぃ……! となれば、女の子だった場合、理樹似になるのかっ!? そんなもの、想像しただけで……イィィヤッホォォォ〜ゥっ!
     理樹、18歳の誕生日はまだかっ!? 早く鈴と入籍を済ますんだ! そして、俺に理樹似ベイビーの顔を見せてくれ!」

「へっ、謙吾よ。所詮、てめぇは理樹似ベイビーを想像するだけで満足しちまったようだな……。
     オレは更にその先まで行って、理樹似ベイビーが成長して、オレのことを“真人のおじ様♪”と可愛らしい声で呼ぶ所まで想像したぜ!」

「“おじ様”だとぅ……!? くっ、そこまで想像できなかった。今回の俺の負けか……」

「いやいやいや! 意味不明な勝負繰り広げないでよ!」

「全くだぜ。どれだけ想像しようと無駄なことだ。――血縁上、“おじ様”と呼ばれる資格を持つのは俺だけなんだからなっ!」

「し、しまったぁぁ〜! 何ということだ……。ここにきて、そんなリアルが立ちはだかるとは……!」

「ざけんなっ! オレの方がぜってぇ、恭介より“おじ様”と呼ばれたがってるぜ!
     オレなんか、既に理樹似ベイビーを肩車しまくって、“世界最高峰チョモランマサトのおじ様♪”と呼ばれる所まで想像しちまったんだぜ!」

「何を言う。それならば、俺の方が上だな。
     俺など理樹似ベイビーとお馬さんごっこを繰り広げまくって、“世界最速マッハケンゴー!ゴー!のおじ様♪”と呼ばれるまで想像したぞ」

「何だよ! “世界最速マッハケンゴー!ゴー!のおじ様♪”って! オレとどっこいどっこいじゃねぇかよ!」

「ちなみにその理樹似ベイビーの名前は理の華と書いて、“理華りかちゃん”と言うんだ。無論、理華ちゃんの理は理樹から取ったものだ」

「マジかよっ! くっ、認めたくねぇが、想像上の理樹似ベイビーが名前を得ることで更にリアリティが増してきやがった!
     今回はオレの負けか……。だが、流石だな、謙吾。それでこそ、オレの永遠のライバルだぜ……」

「お前のおじ様発言がなければ、俺もここまでの高みにはたどり着けなかっただろう。
     だが、こんな想像も空しいものさ。結局、理華ちゃんにおじ様と呼ばれる資格があるのは恭介だけなのだからな……」

「その真実を突きつけられると、まるで全身の筋肉が衰弱したかのような無力感を覚えるぜ……」

「人の夢と書いて、儚いと言うが……まさに儚い夢だったな……」

「フッ、安心しな、二人とも。たった一つだけ、お前らも“おじ様”と呼ばれる資格を得る方法があるぜ!」

「何っ!? 本当か、恭介!?」

「恭介! もし、デマだったら、たとえ、てめぇでもオレは許さねぇぜ!」

「なぁ〜に、簡単なことだ。――古の武将の如く、俺とお前らが“義兄弟の契り”を交わせばいいのさ!」

「「その手があったかぁぁぁぁぁぁーっ!」」

「こいつら、アルティメット三馬鹿トリオだ!」

「ちなみに恭介さんの言う古の武将とはおそらく、三国史の劉備玄徳を指し、義兄弟の契りとは“桃園の誓い”のことを言っているのでしょう。
     この三人なら、劉備=恭介さん。関羽=宮沢さん。張飛=井ノ原さんと当てはめれば、不思議と違和感がありませんね」

「大体、僕と鈴が結婚するかどうかも分からないのに、その子供だなんて夢のまた夢じゃないか……」

「……そうだな。冷静になってみれば、俺の個人的感情だけで二人を結びつけるのは傲慢だったな。――うぅっ! さらば、俺の理華ちゃん!」

「最後の発言だけ聞いてると、謙吾少年が泣く泣くリカちゃん人形を捨てたみたいに聞こえるな」

「想像するだにキモイっすネ」


 そして、帰り道も半ば程消費した頃。


「でも、楽しかったねぇ〜。ラスボスにされた時から、ちゃんとやれるか心配でしたけどぉ〜」

「私は一番早く退場してしまったので、ちょっと寂しかったです。もっとやりたかったですねぇ〜」

「……また機会がありましたら、今度はリトルレンジャーとジャアクナンダーの配役を反対にしてみるとまた違った面白さになるかもしれません」

「それだとラスボスは恭介さん以外考えられませんネ」

「何だよ。そりゃ、俺が腹黒だとでも言うつもりか?」

「ならば、セクシー・ザ・レディは理樹君に決定だな」

「何でだよ! 鈴がいるじゃないか!」

「ふざけんなボケー! あたしじゃ女装した理樹の色気に敵うわけないだろ!」

「えぇぇぇぇーっ! それ、怒るトコ間違ってない!?」

「あるいは鈴をラスボスにして、その下にオレら男が四天王として待ち構える、というのもアリだと思わねぇか?」

「だとしたら、お前はパワー系の四天王に決定だな」

「おっと、そいつぁ、このオレに最も相応しい役柄だ。ありがとよ」

「ちなみに、パワー系の四天王は、四天王の中でも一番最初に死ぬことが多いぞ?」

「やっぱりザコかぁっ!? オレはザコキャラ扱いなのかぁぁぁぁーっ!?」

「えへへ〜、何かこの花束見てたら、嬉しくなってきますねぇ〜。幸福スパイラル理論ですよ〜」

「芳しき花なのですぅ〜♪」


 小毬の膝上にあるのは、園長が労いの意味も込めて、園児の手を通して贈られた花束だ。

 ちゃんとリトルバスターズの人数分ある。車内は花の香りでいっぱいだった。


「フッ、ま、何しろ、女から感謝されるのは嬉しいもんだよな!」


 それぞれ、男性には女児が、女性には男児が渡すようになっていた。


「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」

「何だ? どうしたんだ、皆? 急に黙り込んで?」

「……今、女児のこと女って言いましたね」

「それは既に性的対象として見ているということになるんじゃないのか?」

「ち、違げぇーよ! 今の単なる言葉の綾だってーの!」

「つまり、自分でも失言だったと思ってるわけか……」

「ちょっと待て! 俺はNHKの体操のお兄さんのような爽やかな善意で引き受けたんだぞ! それが何で変態目的にされにゃならんのだ!?」

「実際の所、ウヒョッス最高ッス光源氏計画で幼な妻ゲッチュしてやるぜハァハァとか思ってるんじゃないのか?」

「そう言えば、僕がリトルピンクで出てきた時も『男は皆、どこかしら変態な所を持ってるもんさ』とか言ってたよね」

「何だ。自分で変態って認めてるじゃないか。これからは馬鹿兄貴じゃなくて、変態兄貴と呼んでやろう」

「うあああぁぁぁぁぁぁーっ! 何で、下準備とか交渉とか含めて、一番頑張った俺がただの変態に成り下がってるんだよぉぉぉぉぉぉーっ!」

「うわわぁっ! きょ、恭介! 前見て運転してぇぇぇぇー!」

「わふぅぅーっ! アクション映画ばりの蛇行運転なのですぅーっ!」

「横Gがぁぁぁぁーっ! 横Gで車内がシャッフル祭りでぇぇぇぇーいっ!」

「土曜の午後、とあるグループが幼稚園の劇の後、交通事故に遭った。だが、俺達はお前たちを残して死ぬわけにはいかなかった……」

「おいコラ待てぇぇぇーっ! 何、新世界作ろうとしてんですかーっ! 死ぬなら一人で死んでくれぇぇぇーっ!」

「不味い! 対向車にダンプカーだ! 真人、受け止めろ!」

「おっしゃぁぁぁーっ! オレの筋肉に任せな! ――って、死ぬだろフツーに!」



やはり、彼らは最後の最後までドタバタだった。

そして、それはこれからも変わらないだろう。

彼らが生き続ける限り。


END




別のを見る。





 ぴえろの後書き

 長かった……えらく時間がかかってしまった。予定の何倍時間かかってるんだか。後編の方、永らくお待たせして、申し訳ないです。
 でも、待たせただけのクオリティはあると思います。ホムペ作るに当たって得た知識(タグ)を使ってみたかったってのもありますが。
 劇場版CLANNAD公開記念にギリギリセーフしました。ゲストで森のクマさんにも参加してもらったし。画像はアレでしたが、分かる人には分かるでしょう。
 劇中でも、女の子に暴力は不味いんで、倒し方考えるのに一番時間割きました。劇は何故かいい話に終わってしまいました。作者が一番ビックリしてます。
 しかし、やっぱり、あの三人は死に際にこそ光るなぁ。最後は急いで書いたので誤字があるかも……見つけたら、こっそり直しておきますね。

 〜微改訂後〜

 えー、まず、我らが賑やか娘、はるちんを“葉瑠佳”と完璧に勘違いしていたことを指摘され、前編後編合わせて、“葉留佳”に修正。
 そして、『おさる雑技団 』のすがい雪夜さんに転載許可を頂きました。このチビッコ絵が載せられなくて、画竜点睛を欠いてたんです!
 絵の部分は一切いじらず、ちょっとだけ会話文をお化粧して載せました。めちゃくちゃ絵が巧いです。是非、一度行ってみましょう。
 最後に、おまけのボケの部分を加筆。謙吾が初号機のように覚醒→暴走。アルティメット三馬鹿トリオに幸あれ!狽пi∵)

 〜最終改訂後〜

 あ、ありのままに今、起こったことを話すぜ!
 「幼稚園児のアイコンを探してたら、劇中の舞台が春○部市になっていた!」
 何を言ってるか分からないと思うが、俺自身(ry

 いやま、ほかにアニメorゲームの幼稚園児キャラ知らんからしょうがないわけですが。(~~;
 一応、著作権逃れとして黒い横線(海苔?)が出まくってます。登用自体を自重すりゃ不必要なんですがね。
 ノリノリで登用してました。いや、海苔海苔で東洋してたって言った方が正しいんでしょうか?
 深夜に完成したんで、脳味噌涌いてます。フヒヒwwサーセンww
 さて、最後に使ったアイコンでも載せておきましょうかね。


 リトバスメンバーは主にSunTailさんによる『モアイ部 』の物を使用させて頂いております。あ、そうだ。

  左の真・ジャアクナンダー小毬は自分が加工しました。何か目が邪悪に黒くなってます。


 しかし、このマッド鈴木はデモンベインのドクター・ウェ○トに似てるなぁ。あくまで別人です。
 マッドサイエンティストって言ったら、こいつでしょう。あ、部員二名はMSNメッセ中のようですね。
 もしかしたら、今、MSNメッセしてる誰かかも知れませんよ?


 あっ、見て下さい! うまうーです! 『UMA』ならぬ『UMAU』がわれわれの前に姿を現しました!
 このようにジャングルの奥地には、まだまだ人類にとって未知なる生命体が存在するのです!

 そんな智代で俺が釣られクマー!ヽ(´・(ェ)・`)ノ


 皆等しく幼女さ……。え、前二つは男? スルーでお願いします。
 右から二番目の幼女はもっと積極的に使いたかったけど、大人しい子なので、このドタバタ劇には向かんかった……。


 ……前二人を攫われる役にしたせいで、春○部市になってしまったんだろうなぁ。lllorzlll

長い&脳が涌いた後書きですみません。ここからトップに戻れます。

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