放課後の部活終了後、昨日と同じ方法で古式を呼び出した。
 相変わらず、この辺りは人気がない。おそらく夕食になるまでずっとこの調子だろう。その方が俺も都合がいい。夕陽に照らされた校舎が妙に郷愁感を誘う。もっと健やかな青空の下なら古式も塞ぎがちな気分が和らぐかも知れんのだが、生憎と俺にはこの時間帯ぐらいしか時間が取れなかった。

「実は昨日、あれから考えてみたんだがな」
「何をですか?」
「無論、古式が立ち直れる方法についてだ。それで……何だがな。恋をするというのはどうだろう?」

 俺は昨日、恭介と相談して出した案をそのまま古式に提示した。

「恋……ですか?」
「そうだ。恋だ」

 怪訝そうな表情をした古式を勇気づけるように俺は力強く頷いた。

「……こんな時にとてもじゃないですが、そんな気分になりません」
「こんな時だからこそじゃないか。俺は思うんだがな、古式。今の古式に必要なのは新しい刺激だと思う。このまま学校と寮を行き来してるだけの生活じゃ、思考が悪い方向へばかり行ってしまう。それは古式自身が一番分かってることじゃないのか?」
「それは……」

 古式は言い淀み、顔を伏せた。彼女自身、自覚はあるのだろう。

「それに、俺には経験が無いから確実な保障はできんが、恋は楽しいものだそうじゃないか。古式、今のお前に弓道のこと考えずに笑える時間があるのか?」
「……無いです」
「なら、恋をしよう。弓道のことはおそらく一生忘れられないだろうが、吹っ切るキッカケぐらいにはなる」
「……本当でしょうか?」
「なる、と思う……多分。いや、絶対だ! 絶対に吹っ切れる!」

 いかんいかん、励ます俺が弱気でどうする。弱気というのは伝搬する。剣道の団体戦でよく感じることじゃないか。先鋒、次鋒と負けたチームが趨勢を決せられて負けることだって珍しいことじゃない。それと同じことだ。

「でも、弓道ばかりやってきた私に恋なんてできるのでしょうか?」
「人が人に恋するのに特別な技能や努力なんて必要ないだろう。せめて、必要なのは感情くらいなものだ。要は好きか好きじゃないか、それだけだ。古式、お前に意中の男はいないのか?」
「……そんな人、いません」

 まぁ、そうだろうな。もしいたら、こんな無気力なっていないだろうしなぁ……。

「弓道部の男はどうだ? 誰にもそういう感情を抱いたりしなかったのか?」

 弓道に関わるのがネックだが、ここは妥協せざるを得ないだろう。

「そもそも、ウチの弓道部は女子部員しかいません」
「そ、そうだったのか? じゃあ、クラスメートで――」
「宮沢さん」

 少し強く、まるで言い咎められるように言われる。

「異性として好きでもない男性とお付き合いするというのは、果たして恋なのでしょうか?」

 ぬ、と言葉に詰まった。彼女の言にこそ、正当なものを感じた。恋をすればいい、と恭介は簡単に言い、聞いた俺も、なるほど、と膝を打ってはみたものの、そもそも、俺自身そういった経験がないし、おそらく、恭介もないのだろう。でなければ、漫画の棚を見て、恋をするというアイディアが思いつく、ということもないはずだ。学生が受けるには深刻過ぎる相談に、どうすればいいか分からず、とりあえず浮かんだ妥当案に二人して縋り付いた。そんな気さえするが、これ以外の何かが思いつくわけでもない。
 俺はしばらく彼女を納得させる理屈を考えて、

「確かにオーソドックスに行くなら、少しずつお互いの距離が縮まって始まるのが一般的な恋だろう。だが、逆に付き合ってみてから、その内本当に好きになるというケースだってあるんじゃないか?」

 そう答えた。うむ、咄嗟に考えたものにしては説得力があるように聞こえるな。些か屁理屈にしか思えない気がするが……。

「……そういうものでしょうか」
「そういうものだ。で? どうなんだ? 多少なりとも好意に値するような男が身近にいないのか?」
「では、宮沢さん。付き合って下さい」

 ん? 告白するのに、ということか? そう言えば、昔、友人を付き添わせながら、交際を申し込んできた子がいたな。ふむ、まさか俺が逆に告白の付き添いをすることになるとはな。しかも、女子の。フッ、もし、その可能性があるとすれば、まず最初は理樹か鈴の時だろうとばかり思っていたんだがな……。生きていると色んなことがあるもんだ。ま、これも人生経験の内の一つだ。付き合ってやろう。

「あぁ、いいだろう。で、何所へ行く?」
「……別に宮沢さんの行きたい所で構いません。私は特に行きたい所などありませんし」

 んん? どういう意味だ、それは? 俺が勝手に古式の相手に相応しい男の所へ行けということか? いや、何か違うな。それにしては何かこう、文脈がおかしすぎる。これではまるで……。

 デートの……行先を決める……恋人同士のような……???

「あー、いや、古式。つかぬことを聞くが、先程の“付き合う”というのは、その、つまりは……?」
「言葉通りの意味ですが?」

 何だ? 急に嫌な感じの汗がドバっと背中に噴き出してきたような気が……?

「――宮沢さんが、私とお付き合いして下さい」

 嫌な予感、大的中。

「それは……男女的な意味合いで、か?」
「はい。男女的な意味合いで、です」
「知り合ってまだ一日だろう!? そんなあっさり付き合うとか言っていいのか古式!」
「付き合ってみてから、その内本当に好きになるというケースだってあるんじゃないか、と言ったのは宮沢さんじゃないですか」

 藁にも縋るような俺の言葉はあっさり払拭された。
 誰だ! 古式にそんなことを言った奴は!? ぬぉぉぉぉーっ! 俺だぁぁぁぁぁーっ! 策士、策に溺れるとはこのことか!? だが、古式に恋愛を勧める案を思いついたのは恭介だ! ということは、全責任はやつにあると言えるんじゃないのか!? くそっ、恭介めぇ……後で覚えてろ!
 恭介への報復は置いておいて、何とか上手く断る方法はないものか。古式のことが嫌いなわけではないが……さりとて好きというわけでもない。そもそも、そんな分類ができるほど時間を共有してきたわけではない。それに万が一、付き合うと仮定しても、俺はそういう男女間のイロハに関してはズブの素人だぞ? 加えて、ただでさえ剣道で一日の時間を大半取られてるような男なんだぞ? そんな男と付き合って楽しいか? 楽しいわけがない!
 しかし、もし、ここで俺が断ったら、どうなるだろう。もう二度と古式は積極的な態度にならないかもしれない。ここで積極性の芽を摘んでいいわけがない。今、彼女に必要なのは停滞した状況を変える“何か”なんだろう。かつて、勝利のために意志なく努力していた俺が、リトルバスターズに出逢って変わったように。自分を変えてくれる何か――そう、トリックスターが必要なのではないのか? 俺に務まるだろうか。……分からない。

 だが、俺は最初に言ったじゃないか。――何でも力になる、と。
 宮沢謙吾は二言を呈すような男か? 否、断じて否だ!

「……あまりいい彼氏になれる自信がないんだが、古式はそれでもいいのか?」
「えぇ、別に構いません。私もあまりいい彼女になれる自信などありませんし」
「じゃあ、何だ。その……付き、合ってみるか?」

 ――付き合う。
 何度も恭介たちに言って来た友情の言葉であり、また異性から言われたことのある愛情の言葉だが、いざ、自分で言ってみると、それは何とも喉に引っ掛かりやすい言葉だった。

「はい、よろしくお願いします」
「あ、あぁ……こちらこそ」

 ペコリと頭を垂れる古式に、俺も同じように頭を下げた。
 というか、こんな何とも煮え切らない始まり方でいいのだろうか。俺の初めてのお付き合いは……。





守りたいもの、守りたかったもの

第二話

written by ぴえろ




 夕食の後、俺たちは理樹と真人の部屋に集まった。
 無論、古式に関する相談事でだ。理樹や真人、そして鈴には夕食の時に概ね説明してある。尤も、三人には俺が古式のことで相談したいことがあるらしいとしか知らされてない。どういったことで悩んでいるか説明しようと思ったが、それは恭介が「待った! お楽しみはこの後集まってから聞こうぜ」と待ったをかけた。はて? そう言えば、夕食、何を食べただろう? 味噌汁を飲んだような記憶があるから、定食系だろうか? 今後のことを考えると色々億劫で記憶がなかった。

「しかし、おめぇ部活に忙しいんだろうと思ったら案外暇なんだな」
「暇なものか。だが、主将の頼みだし、それを除いても、知ってしまったからには放っておけんだろう」
「まー、そうかも知れねぇけどよ。わざわざ知らねぇ人間の相談に乗るたぁ、流石は謙吾くん。お人がよろしいようで」
「何だ真人? 喧嘩を売っているなら買ってやるが?」

 少し腰を浮かして戦闘態勢になろうとした時、理樹に制止される。

「あーもう、こんな狭い部屋で喧嘩売らないでよね、真人」
「そう言うな、理樹。真人も寂しんだろ。最近、謙吾が構ってくれバトルしてくれないから」
「誰も拗ねてねぇよ! せっかく鍛えた筋肉の唸りのぶつけ所がねぇから、モヤモヤしてるだけだ!」
「多分、それを寂しいって言うんだと思うよ」
「え? マジで? そうか。オレの筋肉はたくましいだけじゃなくて、寂しがり屋さんだったんだな……」
「いや、言ってる意味が全く分からんのだが……」

 後一人、鈴が来るまで俺達は、いつものように雑談して時間を過ごしていた。
 そして、十分程過ぎた頃。

「あー、すまん。道端に倒れたお婆さんを助けてたら遅れた」

 まるで悪びれる様子もなく、鈴がやって来た。しかも、めちゃくちゃ嘘と分かるような言い訳をして。

「で、本当の遅刻理由は何だ?」
「猫のブラッシングしてたら夢中になって忘れてた」
「やっぱり、そうかよ。んなこったろうと思ったけどよ」

 リトルバスターズ……と言う名は、もはや恭介が作った野球チーム(何で作ったかは未だに分からん)となっていたっけな。部活に忙しい俺は参加してないが、何やら楽しそうにやっている。メンバー集めくらいは手伝ってやるが、なかなか芳しくない。恭介はどうにかなると思ってるらしいが、大丈夫なんだろうか。……まぁ、あいつのことだから、本当に何とかしてしまうんだろうが。
 ともあれ、旧友が揃った所で、俺たちは本題に入った。

「で、まずは結果から聞こうか、謙吾。古式は恋をすることに関してどう言っていた?」
「あぁ、いいかも知れないと言っていた」
「ほー、じゃあ、次は恋人探しか。で、誰を見繕うんだ? 筋肉関係なら多少心当たりがあるが?」
「いや、実は恋人の方も見つかった。かなり不安があるがな」
「えぇ、そうなのかよ!? だったら、早く言ってくれよ。わざわざこんなモン作った俺の努力は何だったんだ!」

 そう言って、恭介が何か分厚く黒いモノをちゃぶ台代りのミカン箱の上にボンっと置いた。

「え? 何なのこれ? 生徒のファイルみたいだけど?」

 理樹がペラペラと捲る。何人か見知った顔が出たり出なかったりした。

「あぁ、昨日夜なべして作った男子生徒のデータファイルだ。男子寮の寮長にツテがあるから、ちょっと借りて複製したんだ。まぁ、だから、寮生しか載ってないが、古式も寮生だし十分だろうと思ってな。これを参考に古式の恋人探しをするつもりだったんだが……」
「これ何時間かかったんだ? アホだろお前」

 俺が思っていたことを鈴が代弁してくれた。実の兄でさえ容赦ないな、鈴は。というか、これ、個人情報の集合体みたいなもんじゃないか。大丈夫なのか、こんな物作って。思いっきり、法に触れてるんじゃないのか? それこそ、セクハラで訴えられるレベルぐらいに。うむ……今のはダメだな。言わなくて良かった。それ以前に元があるとはいえ、よく一晩で作れたものだ。しかし、恭介だからなぁ。それで納得できる辺り、何かおかしい気がするが。

「うっせいやい! “こんなこともあろうかと!”って感じで出したかったんだよ! それが通なやり方なんだよ!」

 何かよく分からんが、学食で説明するのに待ったをかけたのは恭介の趣味……という美学のためだったのか。

「しかし、一日で古式の恋人を見つけ、説得も完了させて付き合わすとはな……恐るべき手腕だ。今日から謙吾のことをロマンティック大統領と呼んでやろう。で、古式の恋人ってのは誰なんだ。ロマンティック大統領の謙吾よ」

 何かまた変な称号がつけられていたが、所詮恭介が言ってるだけだ。俺は気にせず、言おうとしたが……。

「あー、うむ、それがな……」

 この後、言わなくてはいけない言葉を考えると、そうやって口を濁さずにはいられなかった。しかし、いつかは口に出さなければいけないことだ。目を瞑っていても、皆の視線が俺に集まっているのが分かる。誰なんだ。早く言えよと無言のプレッシャーがかかってくる。そして、それは俺が口にするまで続くことになる。えぇいままよ、言ってしまえ!


「――俺が付き合うことになったんだ」


 言った瞬間、静寂が室内を支配した。
 全員身じろぎ一つ、瞬き一つせず、まるで彫像になったように俺の方を見たままだった。あんまり、動かないので、もしかして、俺は自分で言ったと錯覚して実は言ってないんじゃないかと疑いそうだった。念のため、もう一度口にしてみようか。


「――俺が付き合うことになったんだ」


 言った。今度は確実に言った。
 やはり、俺が言った気になっていただけらしい。それを聞くと、ようやく瞬きをし始めた。

「ロマンティック大統領だ……」
「ロマンティック大統領だね……」
「ロマンティック大統領だな……」

 真人、理樹、鈴までもが、俺のことをロマンティック大統領と認めてしまっていた!

「待てっ! 何だその珍妙な称号は! 俺はロマンティック大統領なんかじゃない!」
「そうだな。謙吾はロマンティック大統領なんかじゃない」

 言い始めた恭介が否定してくれた。ああ、良かった。これで変な称号は……。

「――ロマンティック大魔王だ」

 より変な称号に!?

「何だ、そのいかがわしい大魔王は!」
「だってそうだろう。一日で古式の信頼を得て、次の日にはもう恋人だぞ? 神懸かり的……否! 悪魔的な手練手管じゃないか」
「しかも、こいつ、まるで誇るかのように二回言ったぞ」
「お前らが聞こえてないみたいな態度取ったから、二回言っただけだ!」

 くそ! 予感はあったが、今日は俺が槍玉にあげられる日か! いや、これから先、古式のことがあるからこういう状況は増えるかもしれんな。邪気がないのが分かる分、余計に性質が悪いな。

「第一、悪魔的な手練手管って何だ。誤解を招くような言い方するな! 気がついたら、そんなことになってだけだ!」
「つまり、無意識に口説き落としてたってことか。ますますロマンティック大魔王と認めざるを得ねぇな……。オレはこんな男に常日頃バトルを挑んでいたのか。へっ、我ながら恐ろしく無謀なことをしてたもんだぜ」

 真人、お前もバトルとは全く関係ない所で戦慄するな!

「でも、考えてみれば極々自然な流れだったんじゃない? 古式さんにとって、謙吾はそれだけ頼られてるってことでしょ?」
「いや、単に弱っていた所につけこんで口説いただけだろ」
「なん……だとぅ……?」
「鈴、そんな身も蓋もない言い方しなくても……」

 今の俺はそんな姑息な男に見えるのか。ぶっちゃけ、ショックを隠しきれんぞ……。

「でも、これじゃもうオレらに手伝えることは何もねぇじゃねぇか。後は勝手にラブラブしてくれよ」
「そうだな。後できることと言ったら、子供が生まれたら俺達が名付け親ゴッドファーザーになってやることぐらいだな」
「名前か、そうだな。筋肉盛夫もりおとかどうだ? すげぇ逞しく育ちそうだぜ……」
「そして、お前並に馬鹿だろうな」
「何ぃ! 馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅー!」
「っていうか、謙吾の子供なのに、苗字が宮沢じゃないのって変じゃない?」

 弱っていた所につけこんだ、か。なるほど、今にして思えば、古式は微かに苛立っていたように見えた。

「え? ……あー、そりゃ、養子だからな! 実の子じゃないんだ!」
「おっと、いきなりヘビーな設定が出てきやがったな……。流石、真人だぜ」
「養子でもその人の苗字になるだろ。宮沢盛夫か。割とフツーになったな」
「あ、オレ間違った。宮沢・筋肉・盛夫だった。ミドルネームねミドルネーム」
「えー、いやいや、それって、ただ『筋肉』って単語入れたいだけでしょ?」
「何か、長島☆自演乙☆雄一郎みたいになってきたな」
「同じぐらい最悪なミドルネームだ。もしも、それが実名だったら、辛うじて普段は意識しないように生きていても、テスト用紙に書いた自分の名前を見る度に、その場で発狂して、舌を噛んで死にたくなる衝動に駆られるに違いない」

 100%善意のつもりなんだが、思いと云うのは伝わらないものだな……。だが、言っても仕方あるまい。結局、これからの態度で、疚しい気持ちから言ったのではないと示すしかあるまい。

「何だとコラ! じゃあ、鈴だったら、何てミドルネーム付けんだよ!」
「ジョルジュ」
「即答!? 今、確実にテキトーに思いついたの言っただけだよね!?」
「ジョルジュって誰だよ。何処の外国人だ。馬鹿じゃねぇーの」
「うっさいボケー! そもそも、よく考えたら、ミドルネームなんて付けんわ!」
「おいおい、喧嘩するなよ。皆、謙吾の子供のことを思って名付けてるんだ。『宮沢☆ジョルジュ☆筋肉盛夫』でいいじゃないか」
「えぇぇぇー!? 一番無いよ! カオス過ぎるよ! 絶対、理不尽に不幸な人生が待ってるよ!」
「むしろ、それでも尚、生き抜いてこそ、男じゃね? ほれ、獅子はわが子をみじん切りの谷に突き落とすっていう奴だ」
「その子のハートがみじん切りだよ!」

 ショックから立ち直ってみると、俺の子供がエライことになっていた。

「ちょっと待てぃ! お前ら、勝手に人の子供の名前を弄ぶな! というか、俺と古式の話は、まだ終わっちゃいない!」
「何だ? まさか、恋のライバルでも登場するのか?」

 鈴、そんなラブコメチックな展開を期待するな。極めて切実な問題なんだ。

「実はな。俺と古式はまだ精神的な繋がりが無い、上辺だけの関係なんだ」
「何っ、そ、そいつはまさか……体だけの関係だとでも云うのか!? 見損なったぜ、謙吾! ――このエロティック鬼畜王がっ!」
「マジかよ……信じられねぇ。謙吾がそんなエロティック鬼畜王だったなんてなぁ……。オレはこんな下衆野郎を超えるために日々筋肉を鍛えてたってのかよ……」
「ち、違うよ! きっと謙吾には何かエロティックに走らざるを得なかった理由があったんだよ! そ、そうだ! きっと日が暮れてから女の子と二人っきりになったばっかりに、今まで抑え込んでいた性衝動が爆発して、エロティック鬼畜王になっちゃっただけなんだよ!」
「何だ。結局、エロティック鬼畜王じゃないか」

 お前らな、人の発言を曲解してそんなに楽しいか? わざとか? わざとなのか? 恭介ならありうるな……流石に温厚な俺もキレそうだ。いかんいかん、こんな下らんことに心を乱すのは修行が足りんせいだ。心頭滅却すれば、火もまた涼しと言うじゃないか。深呼吸して、和やかな口調で話せば、皆も静かに聞いてくれるはずだ。

「おい、お前ら……とりあえず俺の話を最後まで聞け」

 失敗して、ドスがかかった声が出た。

「「「「は、はい……ごめんなさい」」」」

 はっはっは。皆やれば、やればできるじゃないか。ふっ、とても静かだ。

「ヒュ〜っ、やばいやばい。ありゃマジギレ寸前の顔だったぜ……」
「何か笑顔作ってたが、口元がピクピク引き攣ってたな。口元ピクピクーっだ」
「皆がエロティックエロティックって酷いこと言ったからでしょ? そりゃ謙吾だって怒るよ」
「いや、何気に理樹が一番えげつなかったような気がするんだが……」


 まだ何か小言が聞こえるが、まぁ、このぐらいは無視しておこう。

「精神的な繋がりの無い、上辺だけの関係というのは何もいかがわしい関係のことを言ってるんじゃない」

 そして、俺は古式と付き合うに至った訳を説明した。古式に好きな男がいないこと、俺が付き合ってから好きになることもあると言ったこと、古式がそれを真に受けて俺にその恋人役として指名してきたこと、古式の数少ない積極性を無為にしたくなかったこと、それらをかい摘んで説明した。

「何でぇ、ようは謙吾っちが自爆しちまったってことか」
「アホだな」
「仕方がないだろう。あの時はああ言うより他がなかったんだ」
「で、謙吾。お前はそれでいいのか?」
「ん、何がだ?」
「古式と付き合うことだよ。自分が言い出したことだから、しょうがなく付き合う。そんな程度の意思で付き合うと、不幸な結果しか待ってないんじゃないのか?」

 恭介に真剣な眼差しを受けて、俺は考えた。

「確かに自分の言葉に対して責任を取らねばならない、と云う念があるのは事実だ。だが、それ以上に俺は古式の力になってやりたいんだ。その意思は、本物だ」
「そうか。ま、お前のことだからお前自身が決めればいいさ」

 フッと軽く息を漏らし、恭介は強張った表情を緩めた。

「それにしても、俺達の中で謙吾が一番最初に恋人を作るとはなぁ……俺はてっきり、お前は交際なんてせずにお見合い結婚するタイプだと思ってたぜ」
「あ、それはあるかも。僕もそんなイメージ持ってた」
「あたしはそもそも、謙吾が女と二人っきりでいる姿自体が未だにイメージできん。てっきり最初は皆があたしを担いでドッキリをしかけてるのかと思ってた」
「いや、ドッキリというかビックリだ。俺自身、何でこんなことになったのか訳が分からん。今まで女とは縁遠い人生を心掛けてきたのに何故だろうか……」
「そりゃあれじゃねぇか? 授業中、『当たるな当たるな!』って思った時ほど先公に当てられちまう謎の法則と同じでよ。付き合いたくねぇと遠ざけたが故に一番最初に付き合うことになっちまったんじゃね?」
「……いつもなら一笑に付す所だが、今は何故か妙に納得してしまいそうだ」

 先のことなどどうなるか全く分からんものだな……。

「となれば、次の問題は如何にして、謙吾と古式が恋人としての仲を深めていくか、ということになるな」
「うむ、俺が相談したいことはまさにその一点に限る。恋人として付き合うとは言ったものの、一体どうすればいいのかが全く分からん」

 暗中模索というべきか、五里霧中というべきか。そんな状況だ。

「普通に考えれば、会う時間を増やしていくべきだから、休日にデートでもすればいいんじゃない?」
「そーだな。やい、謙吾。次の休み、空けとけよ」
「……俺に休みなんかないぞ」

 きっぱりと言った。

「休みがねぇって……日曜だぜ?」
「確かに日曜は基本的に部活はないが、自主トレをしている」
「お前馬鹿だろ。日曜の自主トレやめればいいじゃないか。そしたら、丸一日暇ができる」
「ところがそうはいかん。ウチの剣道部は日曜は基本的にないだけで、来る奴は来てな。練習意欲のある奴だけが希望参加する、自主トレの集まりのようなものなんだが、俺も毎回顔を出しているし、既に何人かと練習する約束を交わしている。こちらの方が先約だ。今さら反故にはできんだろ」
「なら、土曜は? 土曜なら授業は半日だし、その後、午後からデートに行けばいいじゃない?」
「残念ながら、そうはいかないんだ、理樹。土曜の午後からは部活だ。しかも、始まる時間は早いのに、終わる時間は平日と一緒で、いつもよりにきつい奴だ」

 俺が如何に剣道に時間を費やしているかが露呈しただけだった。

「だが、これから先、全く時間が取れないというわけじゃないんだろう? 唐突に付き合うことになったから、今週は無理なのは分かるが来週とかなら時間も作れるんじゃないのか?」
「う、うむ。努力はしてみるが……一ついいか。俺は日曜の自主トレを毎週欠かさず行ってきているんだぞ。にも関わらず、急にやめたら不審がる者が出たりしないだろうか?」
「ん? 不審がるって誰がだ?」
「いや、誰とかではなく、こう剣道部の奴らから、学校中に知れ渡るんじゃないかと」
「あー、なるほど、謙吾モテるからね。で、噂になったりするの嫌だから、あまり古式さんのことは知られたくないってことだね」
「あぁ、そういうことだ。騒がれて、古式に迷惑がかかっては意味がない」

 尤も、俺自身、確かに騒がれたくないというのもあるんだがな。

「つまり、人知れずその古式とやらと親しくなれればいいわけだ。しかし、そんな方法があるってのか?」
「あるぜ。謙吾の要望に打って付けの方法が」
「流石は我等がリトルバスターズのリーダー、頼りになる男だ」

 ここぞとばかりに俺は褒めちぎった。
 おっと、リトルバスターズは今現在、野球チームだったか。まぁ、そんな細かいところは気にしなくていいだろう。この五人がリトルバスターズであることは変わらないのだから。
 へっ、良しな。照れるじゃないか、と内心もっと言って欲しそうに口元を緩めた後、恭介は言った。

「まず、古式に弁当を作ってもらい、それを昼休みに一緒に食べることで親睦を深めていけばいい。題して、『お昼休みはウキウキイーティング、ウォッチングじゃないんだぜ』作戦だ!」

 ……タイトルが相変わらずセンスゼロだが、普通のアイディアだった。
 いや、あんまり奇抜すぎても、実行する俺が困るからいいんだが。やはり、流石の恭介も恋愛経験がないと平々凡々としたアイディアぐらいしか思いつかないと見える。

 その後、その旨を古式にどう伝えるかということが問題になったが、俺が既に古式のメールアドレスを入手していることを伝えると、再びロマンティック大統領と持て囃された。ただ、ネタにされたと云った方が正しい気がするが。相談に乗ってもらって、助かったことだし、ここは俺が大人になって素直にネタにされておいた。

 一通り、俺の古式への方針が決まったかと思うと、恭介が「次の議題に移ろうか」と話を変えた。いつから旧友の集いが、議会化したのか全く不明だったが、真剣な面持ちで恭介は言った。「メンバーが……集まらねぇんだ……」とその場で四つん這いになって、頭を垂れそうな程の絶望っぷりに俺たちは一同してドン引きしたが、そこは親友同士。「あんなアホな野球チームにだって入ってくれる人はいるはずだよ!」と理樹は励ましながら、傷口に塩を塗りこんだのを皮切りに、「いや、当然の結果だろ」と鈴がその傷口を蹴り飛ばした。真人も続いて、「ついに俺の筋肉を活かす時が来たか」と要領の得ないことをのたまった。

 お前の筋肉が分裂して、人数が増えるのか? そんな馬鹿ばかりのチームでは100%負けるな、とツッコミを入れようとしたが、当の俺は古式に弁当の件に関するメールを打つのに忙しく、心の中で思うに留まった。見ないで打てる程、俺は携帯電話の扱いに習熟しているわけではないのだ。
 打ち終えた時、恭介が何やら携帯電話を改良した無線機をミカン箱の上に置き、付属品であるイヤホンを鈴の耳に取り付けていた。そのイヤホンには線が無く、一見するとボタンのようだった。どうも、それを付けさせて女子寮を探索させ、誘えそうな人材を探すのだそうだ。ついに女子に頼る程、事態は困窮しているのかと思うと些か不憫な気がした。

 紆余曲折を経て、何故か無線機から闘争の音がし始めると、俺の携帯電話が震えた。二つ折りの携帯電話を開くと、メールが来ていた。古式からだった。

 ――分かりました。

 それだけの簡素なメッセージだった。その言葉少なさは、それ故に様々に解釈できた。面倒そうにも、寂しそうにも、警戒しているようにも見えた。不思議と、喜びを上手く表現できないという風には見えなかった。それはおそらく、俺が彼女の喜ぶ姿を知らないからだ。
 俺は大した意味もなく……と云うと、無責任に思えるが、不意に彼女を勇気付けたくなった。彼女を心配する俺の気持ちに嘘は無かったからだ。頑張れ、と励ましの類は無神経過ぎる。彼女は十分頑張ってきたし、今もそうだ。好きだ、と言える程彼女のことは知らない。これからそうなるのか、ただの恋人ごっこに終わるかは全く不明だった。だから、俺はこう打つことにした。

 ――俺は、君の味方だ。

 ただ、それだけは伝えておきたかった。それだけは、偽らざる俺の本心だったから。
 彼女からの返信は、なかった。

To be continued...



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 ぴえろの後書き

 うーん、やっぱり新リトバスメンバーも出したい。でも出したら、まとまり悪くなりそうだし、というか旧リトバスメンバーだけでも暴走しないように制御するので精いっぱいなぐらいだし。会話主体だと描写が疎かになるなぁ。まぁ、二次創作を見に来るぐらいだから、セリフ見たら、どういう表情かは頭に浮かぶかなーと思って、テンポ・リズムを優先。まぁ、そうすると暴走する一方なんで、何処で止めさすかで悩むわけですが。

『逆に考えるんだ。暴走したって構わないさ、と考えるんだ』

 ハッ、今、頭の中のイギリス紳士が余計なことを!Σ(∵)

P.S. 長くなったのでカットしたギャグ会話。(何かもったいないからオマケ)

(※ハートみじん切りから)
「――果たしてそうかな、理樹」
「え? ……だ、だって普通に考えて、おかしいでしょ? そんな名前」
「普通に考えて、か。それは常識的に考えて、ということだが、その常識の方が間違っていたらどうするんだ」
「……恭介が何を言いたいか、分からないよ」
「常識ってのは、その時代に生きる人々共通の考えだろ? 大正とか明治時代ぐらい常識じゃ、梅とか花子とか貫太郎とかが、親が付ける名前の常識だったわけだが、今や親によっちゃ、悪魔とか、騎士と書いてナイトと読むような名前の子供だっているわけだ。それに国際化だって進んでいる。ジョルジュというミドルネームを持つ外国人と結婚する日本人だっているかもしれない。奇抜に変わりゆく日本人のネーミングセンスに外国人のエッセンスが弾けて混ざってみろ……!」
「あぁ、まさか、そんな……! 嘘だと言ってよ、恭介!」
「あれ? おい、鈴。今、何が弾けて混ざったって?」
「知らん。というか、そんなすぐ名前の常識が変わるわけないだろ、アホ兄貴」
「あぁ、そうだな。――だが、300年経った未来の日本なら、どうだ」
「あん? 何で、唐突に時を超える必要があるんだ? ワケ分かんねぇんだが」
「分からないか、真人。つまり、だ。『宮沢☆ジョルジュ☆筋肉盛夫』は300年後の未来からやってきた謙吾の子孫の名前だったんだよ!」
「「なんだってぇぇぇー!!!」」
「そうさ! しかも、ミドルネームにジョルジュなんて付いてる野郎だぞ!? きっと金髪碧眼……いや、むしろスーパーサイヤ人に違いねぇよ! きっと、謙吾の『竹刀から手が離れない病』を治す特効薬を携えて来るんだよ!」
「あー、そう言えば、きょーすけは馬鹿野郎どもの親玉だった。こいつが一番アホだ」

 ここまで書いて、「これは酷い」と思いました。ウケるにしろ、滑るにしろ、ここからシリアスとか「…………ないな」と。『宮沢☆ジョルジュ☆筋肉盛夫』までならギリギリセーフだと思いました。ふぅ、危なかったですね。
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