筋肉と巫女、どっちがいい?

written by ぴえろ




 ある日、いつものように部活を終え、自室に戻った。三年になり、主将を任された。そうなった以上、俺は後輩の範とならねばならない。正直、少し息苦しい。――いっそ、全く違う人間になりたい。と、そう考えることもあるが、それは誰しもが考える逃げに過ぎないし、本当に剣道を投げ捨ててしまえば、彼女……古式に対して、失礼だ。剣道ができなくなったわけでもないのに、無価値と思って捨てることは、彼女が生きていた人生をも否定することになる。それだけはしたくなかった。

 要は息抜きの問題なのだ。
 剣道家、宮沢謙吾という衣がきついのであれば、それを脱いでいられる時間があればいい。そんなわけで俺は早速、理樹と真人の部屋を訪れた。ノックもせずにノブを回す。

「入るぞ」

 最低限の礼儀として一声断ってから、部屋に入った。しかし、中は無人だった。

「何だ。二人ともいないのか?」

 返事はない。一瞬、俺に内緒で抜き打ちかくれんぼでも開催されたかと思ったが、それにしては気配がなさすぎる。どうやら、ただ単に留守のようだ。しかし、不用心なことだ。もしも、俺が何かを盗むつもりで入ったとしたら、盗まれ放題じゃないか。無論、そんなつもりは皆無だ。俺は真人の椅子に腰掛けて、携帯電話を取り出し、理樹に所在を尋ねるメールを打った。
 数十秒後に着信。どうやら、真人はロードワークに出かけており、理樹は鈴に連れられてモンペチを買いに行ってるらしい。もうすぐ、寮に着くので部屋で待ってて欲しいとのこと。待つのはいいとして、それまでの暇潰しをどうしたものか。

 部屋をぐるりと見回して――俺は見つけてしまったのだ。

 真人の机の上のボストンバッグ、その大半は男臭い、というか見る気も失せるような暑苦しいマッチョが載っている雑誌だったが、三冊ばかし明らかに毛色の違う雑誌があった。ロリ雑誌とメイド雑誌、そして……巫女雑誌。かつて、何故かその場にあり、恭介がロリータではないかという議論にまで発展したきっかけがそこにあった。真人は掃除、整理といった言葉とは縁遠い人間だ。きっとあの時のまま、本人はこんな雑誌が残ってることすら忘れ去っているのだろう。俺は「あぁ、確かそんなこともあったな」と懐かしさに囚われ、巫女雑誌に手を伸ばしていた。ぺらぺらと特に興味もなく捲る。

「ん?」

 どんな下らない雑誌でも面白い部分はあるものだ。
 俺はほんの少し興味を覚えて巫女雑誌を見ていた、その時だった。

「ただいまー」

 人の声がして俺はビクッと全身を震わせ、その……咄嗟に巫女雑誌を道着の懐に入れてしまった。
 何故そんなことをしたのか分からない。友人の居ぬ間に巫女雑誌を読みふけっていたと思われるのが嫌で、気が動転してしまったのだろう。言うなれば、家族でドラマを見ている最中、何の脈絡もなく男女の濡れ場に突入してしまった時のような気分だ。

「な、何だ理樹か。驚かすなよ。ノックぐらいしたらどうだ」
「いやいや、自分の部屋なのにノックする人なんていないんじゃない?」
「あ、あぁ、そうだな。確かに自分の部屋にノックする人間はいないな」

 まだ少し気が動転していた俺の受け答えは、しどろもどろとして変だった。それもこれも懐に仕舞いこんでしまった巫女雑誌のせいだ。何度も元の位置に戻そうと理樹の隙を窺ったが、その後、ロードワークから帰って来た真人と猫たちにモンペチをあげ終えた鈴が合流し、俺への監視の目――当人たちはそんなつもりはないのだろうが――が増え、結局、元の位置には戻せなかった。



「さて、一体どうしたものか……」

 俺は冷汗で若干表紙がふやけてしまった巫女雑誌を片手に自室で悩んでいた。
 一度は単純に捨ててしまおうと思ったが、それだと真人なり理樹なりがあのバッグの中を見た時に巫女雑誌だけがないことに気付く恐れがある。順当に推理すれば、俺が持っていったと分かってしまう。流石に盗んだとあいつらが思うことはないだろうが、俺が興味故に巫女雑誌を持ち去ったと誤解されるのは甚だ迷惑だ。また誰もいない間にこっそり返しておこう。

 対処法を考えた俺は――再び巫女雑誌を紐解いた。

 ち、違う! 違うんだ! 別に巫女装束を纏った女性に興味があったわけじゃない! 興味があったのは、巫女装束の製作方法が図解されているページだけだ! 俺はこう見えても裁縫が得意だ。道着のほつれは自分で直すし、リトルバスターズジャンパーを作ったりもした! それは趣味というよりただの特技だが、自分の知る分野の物が目の前に現れると、人は誰しも興味を覚えるだろう!? 登山家が山を見て、登るつもりがなくとも自分なら登れるだろうか、登るとしたらどういったルートで登るだろうかと想いを馳せるように、俺は巫女装束の製作方法が載ったページを見て、自分の実力でも製作可能かどうか気になっただけなんだ! そうだ! あくまで己を高めるハードルとして、巫女装束製作図解ページを注視していただけなんだ! そこには何ら疚しい想いはない! あるのは、ただただ己を高めようとする崇高な意思だけだ!

 ……俺は一体誰に対して、必死に弁解を述べているのだろう。訳が分からん。
 皆にバレれば変態道まっしぐらだとか言われそうだが、バレなければいいことだ。幸い、俺は一人部屋でルームメイトはいない。密事を行うには自室は絶好の場所だった。しかし、巫女装束とは案外複雑な着物なのだなぁ。これは腕が鳴る。




       ◆   ◆   ◆




 俺はその日から毎日、就寝前の一、二時間を巫女装束製作に当てた。
 最初こそ手間取ったものの、コツを掴んでからの製作は順調だった。いつしか、俺はミシンが奏でる無機的な駆動音が好きになっていた。着々と完成に近づいていく巫女装束。ただの一枚の布切れに過ぎなかったものが、人の手で衣服へと昇華されていく。創造とはかくも充実感の伴うものだったのかと目から鱗が落ちる思いだった。リトルバスターズジャンパーの時は作ったというか、元からあるジャンパーに猫のワッペンを貼り付けて、ロゴを刺繍で描いただけだったしなぁ。全くの無からではない分、充実感も違う。

 ――巫女装束……うん、いいじゃないか。

 手間暇かけて、一から作った物というものは、それがどんなものであれ、愛着を抱くものだ。
 そして、それを着用する巫女という職業に対して、俺は些か偏見を持ち過ぎていたのではないだろうか。




       ◆   ◆   ◆




 ついに巫女装束が完成した。
 流石に儀式で使うような豪奢な千早は作れなかったが、白衣、緋袴は作ることができた。ぶっちゃけ、剣道より頑張った。そして、作った物が衣服である以上、それを誰かに着て貰いたいと願うのはある意味、必然だったと言える。着て貰えない衣服に意味はあるだろうか? 無い。着られない衣服はただの布だ。手塩にかけた巫女装束がただの布切れ扱いされるなど、到底耐えられない。
 さて、一体誰に着て貰うべきなのだろう。図解通り作った結果、俺が作った巫女装束のサイズは165cmだ。約165cm前後の女性で、俺の知り合いとなると、神北か三枝、来ヶ谷ぐらいしかいない。……神北だな。三枝と来ヶ谷は正直色々と頼み辛い。しかし……神北でも不満はある。

 だって、神北は茶髪じゃないか! しかも、髪の長さもショートカット!
 ダメだダメだ! やはり、巫女は黒の長髪でなければ! 目の覚めるような緋袴と清楚な白衣には、やはり黒が似合うんだ! 赤、白、黒! この三色こそ、光の三原色ならぬ巫女の三原色なんだ! 嗚呼、画竜点睛を欠くとはこのことだ! 長い黒髪を水引きで結わえ、整える! それでこそ、真なる巫女となって、神に仕えるに相応しい形容となるんだ! ぬぅぅ、やはり髪のことも考えると来ヶ谷に頼むしかないのか。だが、あいつは帰国子女だ。幼少からアメリカで過ごしてきた人間に巫女装束を着て貰うということは、西洋の蝋人形を雛壇に加えるような違和感を覚えてならない。そう、最も重要な“和”の雰囲気を持つ人間がリトルバスターズにはいない! 誰かいないものか! 長髪且つ、黒髪で165cm前後の和風な雰囲気を漂わす女性は!

 そこで俺はハッとした。
 いるじゃないか。……いや、いたというべきなのだろう。――古式みゆき。俺の知り得る範疇で、彼女以上にこの巫女装束 が似合う女性はいないだろう。むしろ、逆なのかもしれない。この巫女装束は、俺の心底に潜む古式への想いが発露したものなのではないだろうか。俺は最初から古式に捧げるべく、巫女装束を作っていたのではないだろうか。そう思うと胸を突き上げるような衝動を感じた。

「……ぅ……っ……古式ぃ……」

 出来上がったばかりの巫女装束をひっしと抱きしめ、俺は泣いた。
 皺になってしまったのでアイロンをかけて、大切に仕舞った。この巫女装束は誰にも着せまい。俺が墓まで持っていくことにした。そして、あの世で古式に着て貰うのだ。




       ◆   ◆   ◆




『古式、今日はお前に渡したいものがあるんだ』
『渡したいもの……ですか?』
『あぁ、これだ』
『え! そ、それ……巫女装束じゃないですか!』
『そうだ。お前なら似合うと思ってな。作ってみたんだ。どうだ。――着 て み な い か ?』
『み、宮沢さん……ポッ(///)』




       ◆   ◆   ◆




 ……何かとても良い夢を見た気がするが忘れてしまった。だが、夢とはそんなものなのだろう。
 その日は日曜だと言うのに剣道部の主将である俺は、道場へ向かわなければならない。日曜に朝練などと言う苦行をしようと決めたのは誰なのだろうか。俺だった。ちくせう。やや寝ぼけたまま、寝巻き代わりのジャージを脱ぎ、いつものように袴を履く。こんなややこしい物を日常的に着ようと決めたのは誰なのだろうか。俺だった。ちくせう。

「んん?」

 何かおかしかった。目を擦って姿見に映る己の姿をもう一度よく見る。昨日はラストスパートをかけて巫女装束を完成させたので、俺の目は充血していた。だからといって、袴の色まで赤くなってしまうものなのだろうか。それに俺のものにしては、異様に丈が短い気がする。というか、これ緋袴じゃないか!

「うぉぉぉ! 間違えた!」

 緋袴がスカート型の行灯袴ではなく、ズボンタイプの馬乗袴だったせいで着るまで気がつかなかった! 誰にも着せないと誓っておきながら、俺自身が着てしまうとは何たる失態だ。嗚呼、すまない古式。寝惚けていたとはいえ、自ら、しかも、誓った翌日に破るとは自分で自分が情けなくなる。俺は上に何か着ることもなく、四つん這いになってしばらく鬱になっていた。が、朝練がある以上、いつまでもそうしてはいられない。立ち上がり、帯の結び目に手をやった。その時、俺はふと思ったのだ。

 む? 意外と……似合ってないか、俺?

 それはある種、盲点だった。巫女装束は女が着るものだという固定概念に囚われ、俺自身が着るという選択肢を見過ごしていた。俺は今まで生きてきた時間の大半を、袴姿を過ごしてきた。和服の着こなし具合には自信がある。そう、何を隠そうリトルバスターズの中で最も和の雰囲気を持つ人間は……俺だったのだ。

「なんということだ……」

 もはや、朝練どころの話ではない。
 部活を休む旨を遠藤先生に伝えると、俺は部屋に引き籠ってもう一着作り始めた。――俺専用巫女装束を。あまりに集中し過ぎたせいだろう。夕陽が射し、カラスが鳴くまで、自分が上裸であることを忘れていた。




       ◆   ◆   ◆




「……パーフェクトじゃないか」

 夜の帳も降りた頃、俺専用巫女装束が完成。姿見に自分の姿を映しながら、身を捻ってひらりひらりと袖を振ってみる。うむ、似合ってる。俺の目に狂いはなかった。惜しむらくは、髪の一点のみだが……ま、あれは女が着用する際の条件であって、男が着る場合にはおいては問題無し、と俺は考える。
 しかし、質素だな。いや、巫女装束とはいえ、普段着の和服なのだからそうあるべきだとは思うが、イマイチ意外性が無い。そう、剣道着にリトルバスターズジャンパーを足したようなインパクトに欠けている。何かアクセントになるようなモノはないだろうか。……ハッ、ちょっと待て。
 俺は身を翻すと自分の机へ足を進めた。二番目の引き出しの取っ手を掴み、引く。あった。神北が調理実習で作ったクッキー。お裾わけで俺も貰ったが、その時は食べる気がしなくて、後で食べようとこの中に入れておいたのだ。が、用があるのはクッキーではなく、それを装飾しているものだ。俺は躊躇なく、袋の口を括っているそれを引き抜いた。――レースひらひらのリボン。

「……よりパーフェクトになったじゃないか」

 姿見に映る己を見て、俺は感嘆せずにはいられなかった。
 レースひらひらのリボンを頭で蝶々結び(いやむしろ、更に和風にテフテフ結びと言うべきか)した俺には、更に神北のような可愛さまで加味されてしまった。もう向かう所、敵無しって感じだ。男では長髪を水引きで結わえることができない、という唯一の欠点もこれによって解消されたと言っても過言ではない。
 更に俺は外掃除の際にこっそり拝借しておいた竹箒を装備した。おぉ、これぞ鬼に金棒ならぬ巫女に竹箒か。このまま最寄りの神社へ行って、境内で掃除していても宮司さんに気づかれそうにないじゃないか。
 その後、魔法少女の要素を加えることで、西洋の魔性と東洋の神性、二つの異なる文化の融合を試みようと思い、竹箒にまたがり……。

「マハリクマハリタァァァァー!」

 唱えた瞬間だった。ガチャリと扉が開いた。

「あのさ、謙吾。数学のここん所が分からなくってさ。ちょっと教えてほしいん……だ……け……ど」

 教科書に目を落としながら、部屋に入って来た理樹は俺の姿を見ると、パサリと教科書を取りこぼした。

「はぁ!? えー!? はぁ!? はぁぁー!? えー!? ちょ、な、何で、えー!? いやいやいや、何で謙吾、はぁ!? み、巫女姿ぁ!? それに頭……リボン!? えー!? はぁー!? わ、わけが分からない!」

 理樹の「えー」と「いやいやいや」は「はぁ!?」と同義語なので、いきなり、10わけ分からんポイントをゲットしたらしい。くっ、まさかマハリクマハリタが理樹召喚の呪文だったとは、迂闊だった! 仮にも呪文なのだから、意味も知らずに唱えるもんじゃないな。
 この失態は後学にするとして、今はこの緊急事態を収拾せねば。俺は未だ混乱状態の理樹に一歩歩み寄る。すると、理樹も恐怖に顔を歪ませながら一歩退いた。

「う、うわぁぁぁ! く、来るな来るなぁ!」

 腕を振るって理樹が叫ぶ。
 ……幼い頃からの心友にバケモノを見るような目で見られるのは流石に堪えるな。俺はこれ以上刺激しないように近づくのを止め、手を伸ばして静止を呼びかけた。

「待て、理樹。慌てることはない。実はこれが俺の2Pカラーなんだ」
「は? 2Pカラー?」
「そうだ。誰かが俺を選択した時にAボタンではなくXボタンで決定したらしい。おかげでこんな有様だ」
「あ、そうなんだ。ふぅ、何だ。ただの2Pカラーか。――って、そんなわけあるかあぁぁぁぁーっ!」

 む、流石に真人のように丸めこめないか。しかし、素晴らしいノリツッコミだな理樹。

「謙吾、一体どうしちゃったのさ! そんな巫女装束なんか着て!」
「巫女装束なんか……だと? 理樹、俺が巫女装束を着てるのがそんなに変だというのか?」

 眉がピクリと動いていた。理樹の発言に侮辱の意を感じたからだ。

「変に決まってるよ! 巫女装束を着てる謙吾なんて、ただの変態だよ!」

 言い放った後、理樹は身を翻した。バタンと扉が閉められる。俺はただ茫然と立ち尽くしていた。
 俺が、変態だと? こんなにも似合っている俺が変態ならば……巫女装束を着た人間全てが変態ということか! 所詮、巫女装束など、変態プレイを楽しむための変態グッズの一つに過ぎないと! お前はそう言うつもりなのか、理樹!
 そう思った瞬間、プツリと何かが切れた気がした。俺のあまり大きくはない堪忍袋の緒だった。俺は竹箒を投げ捨てると、タンスからもう一着の巫女装束を脇に抱えて、廊下へ躍り出た。理樹と真人の部屋は俺の部屋と正反対の位置にある。寮の廊下を端から端まで全力疾走して、理樹たちの部屋のドアノブを握る。

「真人、起きてよ、真人! 謙吾が、謙吾がまたおかしくなっちゃ――ッ!?」

 真人を起こそうとしている最中だったのだろう。理樹はベッドで眠る真人の肩を掴んだまま、しまったとばかりに瞠目し、顔を青くした。慌てふためく余り、鍵をかけ忘れたようだ。

「理樹」

 一声かけて、にじり寄る。それだけで理樹はヒッと短い悲鳴を上げ、腰が抜けたように尻もちをついた。

「お前も……お前も着れば、俺の気持ちが分かるから!」
「う、うわぁぁぁぁぁーっ!」

 身を捻り、クラウチングスタートのような態勢から、理樹が窓に向かって駆け出そうとする。が、身体能力では圧倒的に俺が勝っている。一歩踏み終わる頃には、背後から理樹の腰に目がけてタックルをかまし、押し倒すことに成功した。ドスンと物々しい音が響き渡る。ここが一階で良かった。隣部屋の奴が何事かと思うかもしれないが、ここは何時も騒がしい俺たちの部屋だ。抗議に来ることあるまい。
 草食動物が肉食動物に捕われれば、どうなるか。後は蹂躙されるだけだ。背後からでは脱がしにくいのでひっくり返す。すかさず、理樹の上に跨り、マウントポジションを取ると制服のつなぎ目に両手の指を突っ込んで左右に引き裂く。

「イヤァァァァーッ!」

 絹を裂くような理樹の悲鳴。全てのボタンが引き千切れ、二、三個俺の顔にぶつかった。下のワイシャツまで一緒に裂かれたらしい。好都合だ。続いて俺は襟元を掴むとバナナでも剥くように左右に開いた。そして――。

「何やってんだ。おめぇ?」

 ギョッとして振り返る。ベッドの上の真人が身を起して、こちらを見ていた。

「ま、真人……お前一体いつから起きていた?」
「いや、何かでっけぇ音がしたから起きたんだけどよ。もしかして、オレはまだ夢の中なのか? オレには巫女服を着て、おまけに何でか頭にリボンまで付けた謙吾が理樹を襲ってるように見えるんだが?」
「お、襲っているだと? 俺はただ理樹に……」

 巫女装束を着せようとしているだけだ、と言おうとして、目を落として愕然とした。
 理樹は両手で顔を覆い、シクシクと泣いていた。ハッとして立ち上がり、理樹から離れる。そこに至って、ようやく俺は冷静に理樹の全体像を見ることが出来た。剥き出しになった白い肩、薄い胸板、小さなヘソ、内股になった脚に、脱げ落ちてかたちんばになったスリッパ。周囲に散らばるボタンの数々。
 な、何だこれは……これでは、まるで俺が……理樹を……。

「酷いよ、謙吾ぉ……」

 理樹の涙声、その一言で俺はすっかり打ちのめされてしまった。
 よろめき、傍にあった理樹の机に手を着かなければ、俺もまた座り込んでしまっていただろう。

「いや、だから何がどうなってんだって! 誰かオレにちゃんと説明しろ!」

 陰鬱な雰囲気の中、真人の馬鹿でかい声が轟いた。



「なるほどな。つまり、頭が春になっちまった謙吾はわけが分からねぇが、巫女服を作って」
「巫女装束だ」
「細けぇこと言ってんじゃねぇよ! で、わけが分からねぇが、それを自分で着て、わけが分からねぇが、理樹にも着そうとしたと。何だよ、結局話聞いても、半分以上わけ分からねぇじゃねぇか。まぁ、別にいいけどな。たとえ、謙吾が巫女マニアの女装好きで、ホモ野郎の強姦魔だとしても、オレは別に気にしねぇぜ」
「いやいやいや、真人は度量が広すぎるよ! そんな変態・ザ・変態が友人だなんて認めたくないよ!」

 今の俺は変態・ザ・変態なのか。そんな風に称されると流石にショックだ。

「なぁ、理樹」
「何? 話しかけないでよ、ゴミ虫」

 うっ! 更にゴミ虫のレベルにまで下げられた。もはや、俺は人間扱いすらされてないのか。
 これ以上、俺の株が暴落したら、精神的に立ち直れないので素直に謝ることにした。

「すまなかった、理樹。もう巫女装束のことは忘れるから、さっきのことは水に流してくれないか」
「えー、でも、制服のボタンとか取れちゃったし」
「も、勿論、直すさ。ワイシャツもまとめて、俺が一晩かけて直すから」
「いいよ、別に。そんなバイキンの触った服なんか着たくないし。っていうか、さっさとそのふざけた格好とリボンやめろよ、バカ。さっきからリボンが顔に当たってウゼェんだよ」

 うぅっ、暴落が止まらない! もうバイキン扱いか。流石の俺もいい加減泣きそうだ……。

「うっ……っ……謝るから、許してくれよぅ……ひっ……」

 というか、もう泣いていた。悲しみが溢れてしょうがない。
 長年育んだ友情が、まさか一夜で崩れるとは。如何に大事な物だって壊れる時は一瞬なんだ。

「なぁ、もういいだろ理樹。いい加減許してやれよ、謙吾だって反省してるみたいだしよ。こんなのつまんねぇよ。そうだ。皆でアレでもやって、仲直りしようぜ!」
「アレ? 何のことだ?」
「決まってるじゃねぇか、謙吾。コレだよコレ!」

 言うなり、真人は二の字を斜めにしたような構えを取る。それの意味する所は一つだ。

「筋肉筋肉ー! 筋肉いぇいいぇ〜い! 筋肉いぇいいぇ〜い!」
「いや、僕はいいよ。気分じゃないし」

 気乗りしなさそうな理樹だったが、俺はもう正直それしかないと思った。
 たとえ、頭で否定しても、筋肉は覚えているはずだ。――俺たちが心友として付き合っていた頃を。
 理樹に思い出してもらうため、俺は全力で筋肉した。

「筋肉筋肉ぅぅぅー! 筋肉いぇいいぇぇぇぇ〜い! 筋肉いぇいいぇぇぇぇ〜い!」
「お、流石だな、謙吾。すげぇ筋肉だぜ! オレも負けられねぇな!」

 俺と真人は更にヒートアップした。むしろ、ビルドアップした。

「「筋肉筋肉ー!」」
「いや、だからさ……」
「「筋肉いぇいいぇ〜い! 筋肉いぇいいぇ〜い!」」
「そんな気分じゃないんだってば」
「「筋肉筋肉ー!」」
「…………」
「「筋肉いぇいいぇ〜い! 筋肉いぇいいぇ〜い!」」
「はぁ、もういいよ。しょうがないなぁ。やればいいんでしょ、やれば」
「「「筋肉筋肉ー! 筋肉いぇいいぇ〜い! 筋肉いぇいいぇ〜い!」」」

 こうして俺たちの友情の絆は筋肉によって、修復された。いや、むしろ、以前より強まったかもしれない。さながら、超回復によって切れた筋繊維が修復されたように。嗚呼、素晴らしいな、筋肉というのは。巫女装束の次に素晴らしい。
 理樹の機嫌も治ったことだし。今日は良い夢見られそうだ。




       ◆   ◆   ◆




『謙吾ー!』
『ん、理樹か? って、どうして、お前が巫女装束を!?』
『あの時は、一方的に偏見を持った目で見てごめんね。僕も真人みたいに理解しようと思って、せっかくだから、あの時の巫女装束着てみたんだ。えへへ、これって意外と動きやすいんだね♪』
『理樹……いや、もういいんだ。済んだことだ。その気持ちだけ十分だ』
『あ、そう言えば、さっき古式さんに会ったんだけど、これ謙吾にだってさ』
『古式が? 何だこれは? 手紙……?』


     浮気者
             あなたの一生
                        呪われろ


『何か古式さん、ロウソク二本、角みたいに生やして五寸釘とか持ってたけど、何するんだろう?』
『……理樹。すまんが、それ。今すぐ、ここで脱いでくれないか』
『え、何で? やだよ。寒いじゃない』
『いいから、脱げと言ってるだろうがぁぁぁぁぁー!!!』
『ちょっ! 謙吾、いきなり何す……らめぇ! そんな、強引に――アッー!』



――終われ――



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 ぴえろの後書き

 第10回リトバス草ss大会、テーマ『筋肉』に出展作品です。
 相変わらず、テーマ無視だけどMVP票2つ取れたよ! しかし、これは酷い。マジキューの四コマか何かで、謙吾が巫女装束を作るというネタがあるそうで、これが元ネタなわけですが、自分は「作るだけじゃなくて、着ちゃったらもっと面白くね?」と思い、「更にその格好で理樹を襲ったら更に面白くね?」と改善(改悪?)し、「でも、こんな謙吾だったら、ぜってぇ古式さんに愛想尽かされるw」と思った結果がコレだよ! この謙吾でも作者でもいいですから、「こいつ馬鹿だww」と笑って頂けたら幸いです。これはそういうss。
 ちなみにこの謙吾は『守りたいもの、守りたかったもの』の謙吾とは別人です。別人……だと思います。誰がどう思おうと自分は別人だと信じてます。


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