夢、過ぎ去ったあとに

written by ぴえろ




 一月十五日、成人の日。
 世間一般的では、成人式はこの日に執り行われることが多いらしく、僕たちの市もその例に漏れることはなかった。特に参加したいとは思ってなかったけれど、鈴の実家に一緒に帰省したところで、何もすることがなかったので、僕と鈴はそれに参加することにした。その旨を鈴のお母さんに伝えると「じゃあ、羽織袴と振袖用意しないとね」と至極当然のように提案された。一瞬だけ想像してみた。謙吾なら兎も角、僕にそんな和服姿が似合うとはとても思えなかったので、スーツで行きますと丁重に断った。念の為、鈴と住んでいるアパートから持って帰っておいて良かった。鈴のお母さんはしぶしぶ引き下がってくれたけど、「あたしも振袖なんかいらん」と言った鈴に対しては、強硬な姿勢を崩すことはなかった。

「せっかくの成人式なんだから着なさい。振袖なんて人生でそう何度も着る機会があるわけじゃないんだから。たまには母さんに女の子らしい格好見せてくれたって罰は当たらないでしょうに」

 鶴の一声とはあのことを言うんだろう。「そう言えば、母さんは酉年だったなぁ」と言った鈴のお父さんの声に耳を傾けながら、僕は助けを求めてくる鈴の視線に気づかない振りをし続けていた。その時のツケは夕食前の羽付き勝負で、顔を真っ黒にされることで払わされた。しかも、墨じゃなくってマジックペン。落ちなかったらどうしようと思ったけれど、鈴の最後の良心だったのか、油性じゃなく水性だった。

 翌日、鈴は呉服屋にて、着せ替え人形と化していた。
 成人式の振袖は借りるらしい。そもそも、着る機会は少ないので、買うより借りた方が安上がりだし、保管について考えなくていい。忙しなく動いているのは鈴のお母さんと従業員だったのに、疲れ果てていたのは鈴の方だった。ちなみに僕も結構疲れた。逐一、鈴のお母さんが僕に振袖を試着した鈴の感想を求めてきたからだ。最初は「綺麗ですね」とか「似合ってます」とか言っていたけれど、それだけじゃ満足し切れなかったのか、鈴のお母さんに「直枝君、貴方本当に鈴のこと綺麗だと思ってるの?」と怪訝そうに眉を顰められてしまい、僕はより具体的にどこがどう良いのかなど言わされることになった。
 実際、振袖を着た鈴は綺麗だったけど、普段から誉めることに慣れてないし、歯が浮くような台詞なんて僕には言えないので、精神的に酷く疲れてしまった。

 そして、成人式当日。
 成人式会場に向かう前に写真屋で鈴の振袖姿を撮影することになった。「笑って下さい」とか「猫背にならないで、胸張って下さい」とか「もう少し自然に笑って下さい」とか「こっち見て下さい」とか「フラッシュで目を瞑ったんでもう一回」とか、些細なミスで何度も取り直して時間が掛った。特に笑って下さいという要求は鈴に対しては最大の試練だったようで、「面白くもないのに笑えるか!」と目を三角にしていた。最終的にOKが貰えたのは、この一言によるものだった。

「じゃあ、このカメラが恋人さんの顔だと思って笑い掛けて下さい」

 それで一発成功する辺り、すごく恥ずかしかった。
 後日、郵送されてきた写真に鈴の両親は大層満足気だった。

「これで夢が一つ叶ったわねぇ……せっかくだから七五三の写真の隣に入れておきましょうか。小さい頃は可愛くて、成長したら美人だなんて、流石は私の娘ね」

 鈴のお母さんは頬を緩ませながら、鈴の振袖写真を眺めた後、アルバムの中に加えていた。勿論アルバムに入れたのは個人的に撮ったやつで、写真屋に撮って貰った奴は立派な額縁に入っている。しばらく、鈴のお母さんはアルバムを床に広げたまま動くことはなかった。何となく気になって、横目で盗み見て僕は少し後悔した。その目尻に光るものを見たからだ。鈴の成長が嬉しいのだろうか。そうであって欲しい。けれども、その視線は確実に七五三を迎えた鈴ではなく、その隣に立つ男の子を見つめていた。丸くなったその背に投げかける言葉なんて見つかりはしなかった。

 成人式そのものは、つつがなく終了した。
 当たり年だったのか、壇上の知事に野次を飛ばしたり、暴れ出すような問題のある新成人はいなかった。式場に入っても携帯電話でメールをしたり、電話をするようなマナーの悪い人はいたけれど、逆を言えば、その程度のものだった。何の面白みもなかったけれど、儀式とは得てしてそう言うものだと高を括っていたので、大した失望感はなかった。ただ小学校、中学校の頃のクラスメートとかに見つかるのは少し困った。一言二言、世間話をすると必ずと言っていいほど、彼らは口にする。

「あれ? 他はどうしたんだ?」

 こういう問い掛けが一番対応に困る。無邪気で悪意がない分、余計に性質が悪い。運が良ければ、言って来た人のグループの仲間が気を利かせて、話を早々に切り上げて退散してくれるけど、そういう楽なケースばかりあるもんじゃない。故意ではないにしろ、人を不快にしてくれた礼に冷たく真実を突き付けて、気不味い雰囲気にしてやろうかと魔が差すこともあったけれど、「忙しいから出ないんだって」と適当にあしらった。真実を伝えた所で、彼らにとって、それはちょっと驚く程度の出来事なのだろう。同窓会とかでよくある話だ。あれ、○○君は? アイツ、交通事故で死んじゃったんだって。えー、何で何で!? 飲酒運転が原因らしいよ。ある意味自業自得だよなぁ。きっとそんな風に酒の肴程度に扱われるんだろう。
 ――僕には、それが酷く我慢ならなかった。
 鈴も同じ……かどうかは分からないけど、僕と似たり寄ったりな気分だったんだろう。

「おい、もう成人式は済んだんだ。とっと帰るぞ、理樹っ」

 毛を逆立てた猫のような不機嫌さで、鈴はズンズンと歩を進めていた。
 ちなみに僕と鈴は同窓会には出なかった。どうせ、五分とせずに居た堪れなくなるに違いないからだ。

 こっぽりこっぽりと駒下駄を鳴らしながら、鈴は肩で風を切るように歩いて行く。

「ねぇ、鈴。ちょっと、鈴ってば!」

 その背に呼びかける。町中を歩いているせいか、何人かがこちらを振り返る。彼らから見て、僕はどんな風に見えているのだろう。多分、機嫌を損ねた彼女を何とか宥めすかそうと腐心している恋人に見えるんだろうな。……まぁ、そんなに的外れじゃないけど、原因は僕じゃないんだぞと心の中でだけ訂正しておいた。僕はしばらく、鈴の歩調に合わせていた。早足で歩いていると言っても、振袖でそんなに大股で歩けないみたいだし、駒下駄が歩きにくそうだから、後ろに尾いて行くのは簡単だった。
 車が車道を通る風切り音や、ゲームセンターの電子音に紛れて、歩道で駒下駄がこっぽりこっぽりなり続ける。聞き心地がいい。これで歩調が緩やかなものだったら、もっと雅なものになってただろうけど、鈴はそういうことに一切気を配るつもりはないらしい。

「あっ!」

 鈴が短い悲鳴を上げて、何かに蹴躓くように姿勢を崩す。

「うわっ――と!」

 咄嗟に鈴の腕を掴んで引き寄せる。勢い余って背後から抱き寄せるような形になってしまった。

「大丈夫?」
「下駄が壊れた……」

 鈴が右足を上げる。真っ白な素足が裾から姿を覗かせてきて、ちょっとドキリとする。振袖の露出度が殆どないせいか、妙に色気があった。チラリズムという奴かもしれない。……って、何考えてるんだ、僕は。咳払いを一つして妙な気分を振り払い、もう一度目を落とす。白足袋を履いた足先には、駒下駄がぷらんとぶら下がっていた。

「あー、鼻緒が切れちゃってるね。あんな早足で歩くからだよ」
「うぅ……早く着替えたかったんだ。この振袖、重いし、動きにくいんだぞ」

 不満半分、困惑半分と言ったむくれっ面で唇を尖らせた。装飾性よりも機能性を重視する辺りが鈴らしい。僕は苦い微笑みを零しながら、鈴の前に回って、しゃがみ込む。

「肩に手、置いてくれる?」
「ん? 何だ直せるのか?」
「まぁ、やってみるよ」

 自分の肩を貸して、鈴を片足立ちにさせると、鼻緒の切れた駒下駄を足から抜き取った。とは言ったものの下駄の直し方なんて知ってるわけじゃない。ビーチサンダルの要領で、切れた鼻緒をハンカチか何かで接いで結べば応急処置になるだろうという程度の浅知恵だ。僕はしゃがみ込んだまま、尻ポケットに手を突っ込んだ。あっ、と思わず声が漏れた。ハンカチがないことに気がついた。そう言えば、大学の入学式の後、スーツをクリーニングに出した時に、抜き取ったまま、戻すのすっかり忘れていた。鈴の顔を見上げながら、問いかける。

「ねぇ、鈴。ハンカチ持ってる?」
「ん? あたし持ってないぞ?」
「えっ、何でさ!?」

 仮にも――なんて口に出したらブッ飛ばされるけど――女性なんだから、間違いなく持ってるだろうと思ってた分、ビックリした。

「あたしは、手を洗った後は自然に身を委ねる主義なんだ」
「いやいやいや、カッコよく言った所でそれってただの自然乾燥だし。ずぼらなだけだから」
「失礼だな、お前。ジェットタオルとかあったら、ちゃんと使うぞ。むしろ、すかさず使う」
「誰だってそうだと思うよ」

 しかし、困った。これじゃ応急処置すらできない。僕はしょうがないと内心嘆息を吐く。しゃがみ込んだ姿勢のまま、鈴に背を向けた。首だけ振り返って言う。

「乗って。呉服屋まで負ぶさってあげるよ」
「何だ。結局、直せないのか。役に立たない奴め」
「はいはい、そーですね。期待させて、すみませんでしたー」

 意図せず真人みたいな口ぶりになってしまった。解決策も何処となく筋肉頼りの力技だ。

「ぅにゃっ!」
「うぐっ!」
「…………」
「…………」

 鈴に猫の鳴き声みたいな掛け声と共に飛び乗られた直後、微妙な沈黙が広がった。

「うぐ、って何だ?」
「あー、それはつまりアレだよ。今日は雲行きが怪しいから、雨具(うぐ)が必要だなって……」
「おい、理樹。それは『うぐ』じゃなくて『あまぐ』と言うんじゃないのか?」
「うん、そうだね。多分、そう読むのが正しいんだろうね」
「しかも、今日はめちゃくちゃ天気良いぞ。むしろ、くちゃくちゃだ。くちゃくちゃ天気良い」
「うん、そうだね。気象予報士の人も今日は一日中晴れだって言ってたね」
「…………」
「…………」
「ごめんなさい」
「許さん」

 制裁が開始された。

「あだだだ! 痛い痛い! 下駄で殴んないで! それ、底が木製だから凄く痛いんだってば!」
「うっさいボケー! 誰がお餅食べ過ぎで3キロも太ったって言うんだ!?」
「そんなこと一言も言ってないし! っていうか、3キロってどれだけお餅好きなのさっ!」
「何でお前、あたしが3キロも太ったって知ってるんだ!」
「いや、さっき自分で言っ――ででで……ぐ、ぐび、締めばいで……」

 呉服屋に到着するまでの間、延々と制裁を加えられ続けた。こっちは鈴を背負うのに両手とも使っているので全くのノーガード。あっちは左手で僕の首を締めあげ、右手で駒下駄による凶器攻撃。こんな酷いマウントポジションは他にないと思う。でもまぁ、鈴の絶妙な力加減によるものか、奇跡的にタンコブとか怪我はできていなかった。

 呉服屋で鈴が元の普段着に戻った後、今度は家路を二人並んで歩く。
 駒下駄の弁償しなくちゃいけないかなと薄ぼんやりと考えていたけど、幸い、それはなかった。逆に怪我はなかったか心配された。むしろ、非はこちらにあると罪悪感があっただけに曖昧な返事しかできなかった。またのご贔屓をと頭を下げた姿に、これは鈴が大学卒業する時に利用する羽目になるだろうなと思った。あるいは、店側は何もかも見透かした上で言っていて、損して得取るという奴を実行しているのかもしれないなと邪推してしまった。

「あっ」

 隣の鈴がふと立ち止まる。僕も一歩遅れて、振り返った。鈴は困ったように柳眉を八の字にしていた。

「何? 呉服屋に忘れ物でもした?」
「違う。いや、確かに忘れ物に違いないが荷物とかそういうのじゃなくてだな……」

 言い淀んで俯いた後、鈴はおずおずと上目遣いで僕を伺いながら、口にした。


「――タイムカプセルのこと、覚えてるか?」


 一瞬何のことか分からなかったけれど、記憶の中を検索するとコンマ数秒で思い至った。僕は「嗚呼……」と返事なのか、感じ入った声なのか、どっちか分からない声を喉の奥で鳴らしていた。

 それは僕たちがまだ小学生だった頃の話。
 一足先に恭介が卒業したその日、彼は言った。俺たちだけのタイムカプセルを埋めないか、と。恭介にしては無難な、けれども王道めいた提案だった。そして、僕たちは各々の宝物を持ち寄って、埋めた。シャベルで地面を一しきり叩いて慣らした後、真人が問いかけた。

『タイムカプセルってよぉ。一体何年後ぐらいに掘り返すものなんだ?』
『特に決まってないと思うが……そうだな。――俺達が大人になった時にでも掘り返すか』

 あれは、一体どこに埋めたんだっけ……。僕は、一体何を埋めたんだっけ……。

「なぁ、理樹。掘り返してみないか? あたしたちのタイムカプセル」

 鈴の申し出に僕は頷いた。

 近場のホームセンターでシャベルと軍手を購入して、僕と鈴は母校へ向かった。
 当然のように正面の校門は施錠されていたので、仕方なく外を回りこみ、裏門を乗り越えて侵入した。良心の呵責が僕の心をつんつん刺激してくるが、タイムカプセルへの想いがそれを塗り潰していた。もし誰かに見つかっても、事の詳細を話せば分かってくれるだろう。そう、自分に言い聞かせてもいた。
 どの辺りに埋めたか、僕はうろ覚えだったけど、そこは意外にも鈴が覚えていた。裏門近くの用具室、その背後に植えられている木の辺りだと鈴は告げた。

 鈴の記憶を頼りに穴を掘り続けること十数分。
 スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外し、Yシャツを袖まくりしてまで、何をやっているんだろうと、何度かふと我に返った。冬の地面は凍っていて、硬くて掘り辛かった。しかも、鈴ときたら、こっちが汗水流してる時に「あ、すまん。やっぱり、この辺かも知れん」と訂正してくる。タイムカプセルを埋めた記憶はあれど、ここである保障などない。僕は何度か鈴を疑った。ねぇ、ここじゃないんじゃない? 何だあたしの記憶を疑うのか。いや、だってこれでもう五ヶ所目だし……。うっさい、さっさと掘れ。ここ掘れニャーニャーだ。それは犬のセリフだよ、鈴……。タイムカプセル捜索隊の現場監督は大変厳しかった。隊員も僕一人しかいないので、人海戦術だなんて効率の良い方法は無く、全ての負担は僕一人にかかるのだった。

 断言できる。
 こんな鈴と交際できる根気を持つ男は世界で僕だけだと。

 過酷な苦行末、遂にシャベルの先にカツンと何か固い物が当たる感触があった。待ちに待った瞬間だった。反応があった周囲を丁寧に掘り返していく。気分は化石を発掘した恐竜学者だ。しばらくすると白い物が見えた。それがビニール袋であることに気がつくと、後は結び目を見つけて、引っ張り上げた。周りをほとんど掘っていたので、抵抗は無かった。タイムカプセルは平べったい円筒形をしていた。半透明ではっきりしないけど、多分、蓋の図柄からしてクッキーの箱だった。

「おい、理樹! 早く開けよう!」
「ちょっと待ってってば。この結び目、固結びにしてあるから、解きにくくって……」
「そんなもん、こうしてしまえばいい!」

 何故だか軽くハイになっている鈴は、僕からタイムカプセルを奪い取ると、ビニール袋を引き裂いて、本体を取り出した。

「うわ、強引だなぁ……」
「開かぬなら、引き裂いてやれ、ビニール袋」
「川柳みたく言っても、それじゃただのせっかちな人だよ」

 鈴は急きながらも、開封という名誉ある権利は僕に譲ってくれた。頑張ったのは理樹だしな、とのこと。

「じゃあ……開けるよ」

 固唾を一つゴクリと呑んで、僕はゆっくりとクッキー箱の蓋を開けた。

 ――ふわり、と。クッキーの甘い残り香が鼻腔をくすぐった。

 僕は、何故だか魂が抜かれたようにぼうっとしていた。

「おい、理樹。何が入ってたんだ?」

 トンと肩を叩かれてようやく正気に戻った。肩から覗きこんでくる鈴に一度視線をやり、その後、クッキー箱の方へ目を落とした。そして、僕と鈴。二人っきりの品評会が始まった。

「これ、間違いなく鈴でしょ?」

 手にとって掲げる。

「うん、多分そうだ。よく分かったな」
「いやまぁ、鈴しか考えられないし」

 手の平に収まる程度の大きさのそれは、猫缶。モンペチだった。

「何でまたこんな物を……」
「こんな物とか言うな! これはモンペチゴールドだぞ! そうだ。思い出してきた。確か皿洗いだなんだ家事のお手伝いしながら、小遣いちょっとずつ溜めて、ようやく買った奴だ。猫たちに食べさせようと思ってたけど、勿体なくて結局この中に入れたんだな」
「……凄いね。賞味ならまだしも、消費期限が切れた缶詰とか初めて見るよ」
「ある意味、この缶詰がタイムカプセルみたいなモンだな。プチタイムカプセルだ」

 続いて取り出したのは、何かのキャラクターだった。材質はゴム製で、数は五体あった。

「理樹、何だそれは? 何かどいつもこいつもムキムキだな。真人のであることは間違いないな」
「えーと……真人、何て言ってたっけなぁ」

 そうだ。確かクッキー箱に入れる前、謙吾も分からなくて真人に聞いていた気がする。

『おい、真人。何なんだその物体は?』
『何ぃっ! やい、謙吾! てめぇ、キン消しも知らねぇで今まで人生送ってきたのかよ!』
『まるで知らないと人生を損するような言い回しだな』
『あぁ、大黒字さ! アイドル超人は別格だからなぁ。全員集めるのにどれだけ大枚叩いたことか……』
『奇跡的に文章の意味が正しくなってしまったな。流石は真人だぜ!』

 そんな馬鹿な会話を、彼らは繰り広げていた。

「ん? 何だこのメダル?」
「それは……謙吾のだね」

 メダルの色は、金だった。全てのライバルを蹴散らし、掴み取る栄光と勝利の色。

『謙吾。てめぇは何入れんだよ?』
『俺は……こいつだ。全日本選抜少年剣道個人錬成大会の優勝メダル』
『おいおい、そんな大事なもん入れていいのか? そんな大仰な奴じゃなくてもいいんだぜ?』
『良いんだ、恭介。トロフィーはウチにあるし。……今まで剣道のみをやってきた俺にはこんな物しかない』

 つまらなそうに言っていた謙吾の顔が、脳裏に蘇った。

「この野球ボールは……馬鹿兄貴だな」
「……うん、そうだね」

 ただの野球ボールではなく、サインボールだった。それについて恭介は熱く語っていた。

『恭介、お前それ……ボール?』
『はっ、こいつをそんじょそこらの野球ボールと一緒にしてくれんなよ!』
『見た所、プロ野球選手のサインボールのようだが?』
『その通りだ! こいつぁ、何と今年メジャーへ渡った、イチローのサインボールなんだぜ!』
『誰だそいつ? 筋肉あんのか?』

 暢気に言った真人は小一時間ほど恭介の話を聞く羽目になった。しかし、野球界に疎い真人は結局、よく分からないが凄い人という程度の認識しか得られず、恭介は酷く落胆していた。更にそれが直筆ではなく、印刷であることを謙吾に指摘され、何所か遠い空を見つめていた。何見てるのと聞いたら、「メジャーへ行ったイチロー選手に想いを馳せてるのさ……」と言っていた。ちょっと泣いてた気がする。

「で、理樹。お前は……それか?」
「うん。我ながら、面白み無いの入れちゃったなぁ」

 しばらく、ジッとそれを見つめていた。
 僕がタイムカプセルの中に入れたもの、それは写真立てに入った僕たちの写真だ。蜂退治で撮った僕たち五人の集合写真。カメラマンの人が記念にと、わざわざ送ってきてくれた奴だ。どうして僕はこんな物を入れたんだろう。その答えはあまりに簡単だった。

 ――僕にとって、本当に大切な物は、リトルバスターズ以外にありえなかったからだ。

 今も昔も、そして……これからだって。ポタリ、と写真立ての上に雫が一滴落ちた。

「あー、雨降り出してきたな。ちょっと雨具(うぐ)買ってくる。その間に穴埋めておいてくれ」

 ……下手な気の回し方だ。でも、そういう不器用な所も僕は好きだけど。

「鈴、『うぐ』じゃなくて『あまぐ』だよ。それに――今日は一日中晴れだよ」

 空を見上げる。その青さは『あの世界』と何ら変わらない。そう、変わらないんだ。



 穴を埋めた後、僕と鈴は校庭の隅でキャッチボールをした。
 使うのは、恭介が残したサインボール。これが、僕たちにとって、真の成人式だ。
 西日で校舎が燃え上がるように赤くなった頃、僕たちはどちらからともなく手を止めた。
 予めそう決めていたように、お互い口に出さずとも、そうすることは分かっていた。
 何故なら、リトルバスターズは夕暮れと共に解散していたから。

 一月十五日、成人の日。
 リトルバスターズ/子供時代/夢のような時間は、こうして静かに終わりを告げた。

END



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 ぴえろの後書き

 リトバス草SS大会に出展した作品です。お題は「夢」でした。……全然、夢っぽいテーマ感じられないんで、出展するの止めようと思ったんですが、「もうええわい!出したれー!」とはるチンのように、何かよく分からないまま突っ込みました。で、実はこれ、何気にsffの後日談だったりします。(つまりは大学生活とかは書く気がないということでもある)大谷さんという凄い方がいるんですが、その方がリトバスの掌編連作(同じ大学に入った理樹と鈴の日常を描いてます)を書いてまして、「うわ、何か自分も大学生になった理樹と鈴、書きたくなってきた!」とモロに影響されて書きました。もしも、鈴END後だったら、彼らの成人式は謙吾と真人がいないわけで……凄く切ないものになるんだろうなーと妄想を膨らませました。蛇足になりそうだったで、新リトバスメンバーは省いて、旧リトバスメンバーのみポイントを絞ったわけです。ですから、「俺の嫁出せよ!」という方にはすみません。m(_ _)m


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