「ばばんばばんばんばん♪ あびばびばのの♪
ばばんばばんばんばん♪ あびばびばびば♪
ばばんばばんばんばん♪ あびばびばのの♪
ばばんばばんばんばん♪ あ〜ぁびばのの♪
良い湯だなぁ〜♪ ああぁん♪ 良い湯だぁな♪ あぁあん♪」
霞の満ちるタイル張りの浴室に、コブシのきいた俺様の美声が響く。
マイワイフ早苗が聞けば、「惚れ直しました! 秋生さん♪」と言うに違いねぇ。フフンッ、愛い奴め。
そのくらい俺様の声は美しく、よく響いていた。断じて、浴室が狭いわけじゃねぇからな。
渚や早苗なら十分な広さだが、俺くらい長身で大柄で美形ともなると、狭く感じるだけの話だ。
……足伸ばしきれなくったって、風呂は暖まれば、それで十分なんだよ。
後、この伝説の歌を『古臭ぇ』と言う奴は、俺の鞭さばき……もとい、タオルさばきで蹴散らしてやる。
小僧辺りが言いそうだな。久々に軽く練習してみるか!
俺は、頭に畳んで乗せていたタオルを広げて、湯船に着けた。
水分を吸収し、イッタンもめんみてぇにタオルが伸び伸びと体を広げる。
そして、外側から空気が漏れないように手の輪を小さくしていくと、てるてる坊主のような姿になった。
その首を両手で絞めるように持ったまま、湯船の中へと引きずり込んでいく。
ブクブクブクブク……
わ〜い、クラゲだぁ〜♪
「って、俺はアホな子か!」
主旨、変わってるじゃねぇか! ったく、気まぐれなのは、俺の悪ぃ癖だなぁ、オイ。
んなコトより、タオリングの練習だコラァ! さっさと投げ捨てたタオル取って来い!
草野球じゃ、スパルタコーチにして、鬼監督である俺様に情けは存在しねぇんだよっ!
って、捨てたの俺だったか。
ま、湯船に漂ってるから手を伸ばしゃあ、それで届くけどな。……風呂もそんなにデカくねぇし。
ボチャボチャボチャッ!
タオルを絞り、余分な水分を落とす。俺は立ち上がって、ヌンチャクの如くタオルを構えた。
手首のスナップを利かせ、タオルをしならせると、それが極限になる寸前に今度は手首を引く。
パァァンッ!
耳障りの良い破裂音に似た音が浴室に響き、タオルから水飛沫が弾け飛ぶ。
マジで鞭みてぇな音だな。もう、この音はプロ級だろ? 当ったら、結構痛ぇんじゃねぇのか?
……今度、小僧に試し打ちしてみるか。
『マイフェイバリットドゥータ、渚を俺様から強奪した罪により、タオリング百打ちの刑!』
クックック、面食らう小僧の顔が楽しみだぜ! 後、早苗のパンを食わない罪も勿論、追加だ。
おいおい、罪まみれじゃねぇか。あんな甲斐性なしに渚、任して大丈夫かぁ?
……くそっ、心配になってきやがったぜ。
何やら、肌寒くなってきたので、湯船に深く身を沈める。
勿論、肩まで浸かるのは基本だ。かの偉大なコメディアンの忠告だからな、流石の俺様も謙虚に聞き入れるぜ。
「秋生さん、湯加減どうですか?」
曇りガラスの向こう側に人影が映る。茶っぽい髪から100%早苗だ。
ま、小僧が渚を誘拐しやがったから、今、古河パン屋にいるのは俺と早苗だけ。
俺がここにいるんだから、早苗以外にありえねぇのは自明の理だ。
「あぁ、バッチリだぜ!」
早苗の湯加減は最高だ! ボタン一つで設定できるにしちゃあ、的確過ぎるぜ!
誰でもできると思った奴は浅はかだ。何故なら、俺の好みの温度は47℃と結構熱めだ。
毛穴の一箇所一箇所から、小さな針で突かれるような熱湯の刺激が堪らねぇんだよ。
常人ならば躊躇ってしまう温度設定。しかし、俺を知る早苗は、遠慮なく実行する。
……時折、遠慮無さ過ぎて、50℃の熱湯に入ることになるがな。
だが、水で薄めるっつー“逃げ”は、持っての他だ。そいつぁ、早苗からの試練だからだ。
そう! それは、「私を愛しているなら、この熱湯に耐えてください!」っつー早苗からのメッセージ!
かっ、厳しい女だぜっ! こんな激烈な試練を課すたぁな!
勿論、そん時の俺様は、湯でダコになる覚悟で、迷う事無くルパンダイブだ!
『きっと早苗さん、単に間違えてるだけだからな』とか小僧がツッコミ入れてきた気がするが、一切無視だ。
「パジャマ、ここに置いておきますね」
「サンキュー。あぁ、後ついでに一緒に風呂入ろうぜ、早苗」
そこの醤油取ってくれ、と言わんばかりに軽く言ってみた。
早苗のことだ。もしかすると、「はい、そうですね♪」とか言って、おもむろに服を脱ぎだすかもしれない。
――曇りガラスの向こう側。衣擦れの音ともに露になっていく早苗の裸身……。
ちっ、自分で言っておいて、ドキドキしてきやがったぜ!
まるで新婚の同棲時代に戻ったみてぇなトキメキ感じゃねぇか!
「食事の片付けが済んだら、そうしますね」
「何ぃっ!? 早苗、お前は俺との混浴よりも、皿洗いが大事なのかっ!?」
……結構、期待してたんだがな。
「皿の汚れは、すぐ洗った方が落ちやすいですから」
早苗は釣れない一言と共に、去っていった。
これは何か……? まさか、俺は汚れた皿如きに負けたのか……?
「ぬぉぉっ! ジェラシィィィっ!!」
俺は頭を抱えて、叫んだ。
ちくしょうっ、皿の野郎め! 俺と早苗の混浴を邪魔するたぁ、イケ好かねぇ野郎だ!
今に見てるがいい! 明日は、早苗と二人でピッカピカに磨ききってやるからなっ!
そしたら、てめぇに俺と早苗の混浴を邪魔する術は無い!
「てめぇの好きにはさせねぇぜ! このエロガッパがっ!」
相手が皿だけに上手いこと言ってしまった。……流石、俺様。ギャグのセンスも冴えてるぜ!
小僧が『エロガッパなのは、オッサンだからな』とか言っている気がしたが、早苗は俺の嫁だ。
「誰一人、俺様以上に早苗と親密になる権利はねぇわけだ! はぁ〜っはっはっ!!!」
ザバッと湯を切って立ち上がり、腰に両手を当て、俺は天井に高笑いをぶつけた。
……全裸なのが、何故か無性に空しいがな。
さて、気持ちよく笑ったところで、体でも洗うか。
俺はまず頭を洗い……ちなみに早苗と同じシャンプー&リンスだ。羨め羨め、この野郎どもがっ!
そして、今度はボディソープを泡立てたタオルで、身体をさささと湯通しする程度に洗う。
……俺は女じゃねぇから、この辺はテキトーだ。
そして、シャワーを頭から被り、両方の泡を一気に流し、目の前の姿見にも掛けて、湯気で曇っている状態からクリアにする。
俺は立ち上がって、
「フンッ!」
ボディビルダーみてぇに筋肉を硬質化させ、強調するようなポーズを取った。
見てみやがれ、この鋼の筋肉! ……う〜む、肉体美だぜ。同い年なら絶対負ける気がしねぇな。
どいつもこいつも、腹が出てるとか出てないとか、成人病がうんたらだとか、低次元な悩みを抱いているに違いねぇ。
ま、俺様は一流の草野球選手だからな。てめぇのコンディションを常に最高に保つのは基礎中の基礎だぜ!
俺は少しの間、色んなポーズを決め、自信を深めていたが、自分の身体の一点に気が付いた。
そこは腹。勿論、亀の甲羅のように腹筋が割れている。
だが、一筋の太い傷跡があり、その部分だけ、肌の色が白がかっていた。
――包丁で刺された傷跡。
それはそう、……あいつに付けられたモノだった。
何気なく、その傷跡を指でなぞる。
刺された直後は、正気保つのも難しいぐれぇ痛かったのも、今は全く痛くねぇ。
「あの野郎……。――今頃、どうしていやがるんだろうな」
自分でも、太い笑みが浮かんだのが分かった。……あの時と同じ笑みだ。
とあるパン屋とバスジャック少年
第一話
「Let's go! danger traveling」
written by ぴえろ
「お父さん、自然に振る舞って欲しいです。
このことだけは、気を使ってます。――私に対して」
マイラブリーエンゼル渚が、少し悲しげな表情で言った。
「あの、私、お茶いれてきますね」
「あ、俺、トイレ借りるっすね」
早苗と小僧が、場を離れる。ちっ、揃いも揃って、適当なこと言いやがって。
渚に説得させようって、魂胆見え見えじゃねぇか。
「お父さん。どうして、行かないんですか? 私の時は見に来てくれました」
「そりゃあ、俺は渚の父親だからな。行くのは、当然だろう」
「でしたら、お友達が旗揚げ公演するなら、見に行くべきだと思います。お友達なんですから」
渚の論法の前に、俺はぐぅの音さえ出なかった。
こういう時の渚は早苗に似ている。妙に押しが強くて、頑固だ。
それに加え、そんな時は大概、相手のことを想ってのことだから、尚のこと性質が悪い。
……いや、このずる賢しい論法。まさか、小僧に似てきているのか?
かっ、「笑わせたいんだ」とかぬかしながら、早速、渚を自分色に染めようとしていやがるのか、あの節操なしが!
それは、ともかくとして、渚の創立祭の時は、確かに俺も行った。
だが、それとこれとは話が違う。
――渚は、俺たちの“夢”だ。
どんなことになろうとも、見届けるのが筋ってなもんだ。
けどな、アイツ等の旗揚げ公演となると事情が異なる。
――それは、アイツ等の“夢”だからだ。
アイツ等の舞台を見ていたら、俺は居ても立っても居られなくなるだろう。
んでもって、きっと飛び入り参加か、何かとんでもないことをしでかすだろう。
俺のことは俺が一番良く分かっている。勿論、その次は早苗だがな。
兎も角、俺のせいでアイツ等の舞台が滅茶苦茶になるのだけは、マジでできねぇ。
「行かねぇよ、いつも通りパン焼いて、ガキどもと遊ぶ」
だから、何でも無いように口にした。
「……やっぱり、お父さんが行かない理由は“私”なんですか?」
「――っ!?」
驚いた。心臓を鷲づかみされたような衝撃だった。
だが、何とかして、顔に出さなかった。
「行けない理由が……もし、私なら、とても悲しくて残念です」
「違ぇよ、行かないのは“俺”だからだ。俺が見に行ったら、タダじゃ済まねぇ。
お前ん時もよ、そうだったろ?」
俺は真実の全容ではなく、事実の一部を口にした。渚の時もそうだった。
幕が上がっても、ジッとしている渚に思わず、外聞、衆目構わず、叫んでしまった。
「でも、そのおかげで私は演技できました。下手っぴでしたけど。えへへっ」
照れ笑いを口に浮かべる渚。……う〜む、プリチーだぜ。
「お父さんは、色んな騒ぎを起こします。でも、それはいつも皆を楽しい気分にさせます。
お父さんのお友達だって、お父さんのそんな所を理解した上で贈ってきたんじゃないでしょうか?」
渚のゆんわりとした説得に、俺の言い訳は容易く、自らボロボロと崩れ去った。
どうしても、渚は俺を演劇に……昔のダチどもの旗揚げ公演に行かせたいらしい。
……ぶっちゃけると、俺は全然行きたくねぇ。
さっき言ったとおり、アイツ等の夢を壊したくねぇってのも、ある。
だが、それ以上に俺自身の気持ちに問題があった。
この店を誰かに任せてとはいえ、休むのは癪だった。
ましてや、俺様の代理を小僧がするともなると余計に、だ。
ペナント第一試合から連投していた投手が、優勝試合だけ監督からリリーフとの交代を命ぜられた気分だ。
――頼む、監督! ここまで投げたんだ! 最後まで俺に投げさせてくれ! って気分だ。
かっ、マニアックな喩えかも知んねぇが、分かれこの野郎。
第一よ。行って、楽しそうに舞台で輝いてるアイツ等見たらよ。
――渚の傍にずっと居るって誓った癖によ。
――“何で俺が観客なんだよ……”とか思ったりしてよ……。
――俺は、また……やりたくなるかもしんねぇだろうが?
「渚、好きだ」
「お父さんのその誤魔化しは、私には効きません。……朋也くんなら、別ですけど」
赤くなって、渚は俯いた。ちっ、見せ付けるじゃねぇかよ!
「さて、早苗のパンでガキどもとキャッチボールでもして来るかな。
俺様の剛速球を受け切れなかったら、早苗のパンがダイレクトイントゥーストマック!
生死を賭けた早苗パンキャッチボール。良い練習方法じゃねぇか」
俺はそう言って、この話題から逃げ出そうとした。
逃げるのは主義じゃねぇが時と場合によるんだよ!
だが、渚は執拗に断り続ける俺に最終兵器を持ち出してきやがった。
「もし、断るなら、私もうタッパーのおかず持って来ません」
「ゲっ!」
「それどころか、私自身がここに来るの止めるかもしれません」
「ゲっ!」
「赤ちゃんができても、お父さんには内緒にします」
「ゲゲゲのゲっ!」
『ゲゲゲの鬼○郎は古過ぎな』と小僧がトイレからツッコミを入れてきた気がするが、勿論無視だ。
正直、渚にそんなことされたら、俺は……俺はぁぁっ!
「おぉ! 久しぶりじゃねぇか、渚! ……ん? 何だその足元のガキは?」
「あれ? 渚、お前オッサンに言ってなかったのか?」
「はい、言ってません」
「ま、まさか、そのガ……いや、その超絶かわゆいおこちゃまは……」
「勿論、私と朋也くんの子供です!」
「何んだとぅッ!?」
「ねぇ、ママァ。このお兄ちゃん、だぁれ?」
「ぐぉぉぉぉぉぉ! ショッキィィィンッグっ!」
良からぬ未来シーンを想像しちまった……。頭を抱え、悶絶する俺。
そりゃ、悶絶せざるを得ねぇだろうが!
渚が……マイプリチーエンゼル渚が帰ってこない! それだけでも、悶絶決定だ!
しかも、俺の知らぬ所で、渚が赤ん坊を産んでる! それはありえねぇかもしれねぇ!
だが、渚の口から言って貰えなかったショックを考えると、それだけで胸が痛みやがるぜ!
しかも、“お兄ちゃん”呼ばわりだ! あん!? これは喜ぶべきなのかッ!?
ショック過ぎてワケが分からなくなってきやがった!
暫くの間、俺はうんうんと悪夢に魘されていたが、
「それにその……」
渚が何か言おうとしているのを、耳にして正気に戻る。
「お父さん……私、もう大丈夫です。
お父さんが出かけると、私も寂しいです。……けど、お母さんが居ます。朋也くんが居ます。
学校にも、たくさんお友達ができました。仁科さん、杉坂さん、智代さん……」
指を折って数える渚。
しかし、三本目で止まり、じわっと目の端に少しだけ涙が浮かぶ。
「と、とにかく、他のクラスの方だけじゃなくて、クラス内にもたくさん居ますから寂しくありません」
慌てて涙を拭い、ふるふると両手を振って、誤魔化す渚。
……どこまでも正直な愛娘め。早苗に似過ぎだ、コンチクショー。
「兎も角、私、もう大丈夫ですっ。――私、もう……独りじゃありません」
――だから、行って来て下さい。
渚はそこまで言わなかった。言う必要もなかった。
だから、最後に訊ねた。それは多分、確認という名の儀式だった。
「渚……今、てめぇ幸せかよ?」
「はい、とっても幸せです。皆が居ますからっ」
当然とばかりに、渚は大輪の花が咲いたような笑顔を俺に見せた。
それを見て、俺は目を瞑り、腕を組んだ。
俺は……今まで、俺にできること全てを渚にしてきたつもりだ。
昔から病気がちで、泣き虫で、弱気で……だから、必死で守ってきたつもりだ。
お前の居場所は俺と早苗だ、って……お前には帰る家があるんだ、って……示してきたつもりだ。
俺は目を開いた。
そこには瞑る前と変わらぬ渚の笑顔があった。
――強くなったなぁ……渚。
気付くと、俺は目尻を緩めていた。
子の成長ってのはよ、早ぇもんだな。もう、あの頃の渚じゃないんだな。
傍に居てくれって、小さな体で精一杯、訴えていたあの頃の渚じゃないんだな。
門の前でいつだって、俺たちの帰りを待ってた頃の渚じゃ……ないんだな。
渚をそんな風にしたのは小僧の存在による所が大きいんだろう。
俺の温もりが、いつしか渚の中で、“無くてはならない”から“あった方が嬉しい”に変わった。
それは成長だ。親としては大いに喜ぶべきことだ。実際、俺もすこぶる嬉しい。
しかし、それはどこかしら、俺を淋しい気持ちにさせる事実だった。
正直な所、小僧が少し羨ましかった。
あいつは渚と共に成長し、渚と共に手を繋ぎ、渚と共に歩んでいくことができる。
だが……俺はそれを見守ることしか、見届けることしかできねぇ。
結局、俺はどこまでいっても、“渚の父”以上にはならないんだろう。
「(まぁ、分かってたことだけどよ……)」
そう、俺は分かっていたはずだった。
小僧が渚を連れて行くと言った時に。渚がそれを了承していると知った時に。
でも、渚から直接言われた今、渚の笑顔を見た今、ようやく俺は実感した。
――渚は既に俺の手から離れていたんだって、ことを。
「(それでも、守りてぇ気持ちは変わらねぇがな!)」
俺はニカッと笑みを浮かべた。
そうだ。何もその気持ちまで弱くすることはねぇ、ただ休むことも覚えりゃいいだけだ。
いいじゃねぇか。アイツ等の旗揚げ公演見に行くぐらい。
構わねぇじゃねぇか。もう一度、やりたくなりたくなったとしてもよ。そん時はそん時だ。
らしくねぇよな。先のことでグジグジする俺なんかよ。
――そして、俺は、決心した。
「わぁーったよ、九州だろうが、エロマンガ島だろうが、行きゃいいんだろうが」
「ありがとうございます! ……エロマンガ島って、どこのことですか?」
「雲のマシンじゃねぇと行けねぇ、大人の摩訶不思議アドベンチャーな宝島だ。
要するに高木……じゃなかったカミナリ様しか行けねぇ専用リゾート地だよ」
実は俺も詳しく知らねぇがな。って、また下らねぇこと言っちまったな、俺。
でもよ。やっぱ、湿っぽいのは趣味じゃねぇぜ!
「(あ、でも、そこまでの交通費って俺持ちだよな?)」
チケットしかねぇってことは、つまりそういうことだ。
かっ、古河家の経済事情に直撃じゃねぇかっ! タダでさえ、脆弱だってのによっ!
そう考えると、俺の表情は渋いものにならざるを得なかった。
※ ※ ※
適当なことをぬかして、席を外していた早苗と小僧が帰ってくる。
「ふぅーっ……」
タバコの煙を、溜息と一緒に吐き出す。
しょうがない野郎どもだな……って、女の方が多いが。
そこまで行かせてねぇんなら、仕方ねぇ。
交通費がちとアレだが、一度言っちまった以上取り消すのもナンだしなぁ……
「行って参ります」
そして、俺は昔のダチがやる旗揚げ公演に向かうことにした。
観光気分だった。
今も、その時の気構えがそれで悪かったとは思っちゃいねぇ。
だって、そうだろ?
脈絡の無しの不意打ちが大好きなんだからよ。
――……“不幸”や“運命”って野郎は……――
別のを見る。
ぴえろの後書き
『とあるパン屋とバスジャック少年』のジャンルはシリアスです。
が、ぴえろの根がギャグ作家なせいか、微妙にネタがあります。プッと笑って頂ければ、満足です。
最初はギャグの心構えでお読み下さい。段々、シリアスに移行しますので。
内容は題名通り、秋生ENDの補完SS。ですが、正確には“補完的アナザー・ストーリー”と言った方が正しいでしょう。
予定では十話内に完結ですが……何だか超えそうな気がしますね。
何はともあれ、まずは完結目指して、頑張ります! ……最初から貰えないでしょうが、もし、感想なんぞありましたら下さい。
それでは、次の話でまた会いましょう。ではでは!(^^)/