一週間後の土曜の朝。俺は古河パン屋を後にした。
 高速バスの手続きをその一週間で済ませた。
 二日ほどで行ける距離だからな。当然、高速バスにしたぜ。長距離移動手段で一番安かったからな。

 車種は大型ハイデッカーとか言ってたか?
 高速バスと銘打っているだけに速ぇ速ぇ。何てたって、秋生様専用機(俺様が勝手に命名)だからな。
 エンジンからして高出力。トイレと飲み物コーナー、洗面台付き!
 眠ることを前提に設計されたシートは、リクライニングし放題!
 更に秋生様専用ルート(高速道路とも言うがな)をひた走ってるんだぜ?

 はっはっは! 観光バスとは違うのだよ、観光バスとは!
 おっとイケねぇ。あまりの快適さに思わず、悦に入っちまったな。

 ま、そんなバスなわけだから、俺の見知る町から、あっという間に離れていった。



 一日が過ぎた。
 風呂は高速バスの乗降場であるバスターミナル付近の銭湯。
 飯は売店やら24時間営業のカフェとかで、テキトーに済ました。
 就寝は勿論、バスの中だ。22時以降は病院みてぇに強制的に消灯するようになっている。
 寝る前から車窓は見知らぬ風景だから、ホントに進んでんのか実感湧かねぇがな。



 そして、朝がやってきた。



 今はサービスエリアで一休み中。
 運転手が交代し、車両点検がされる。まぁ、人もバスも消耗するもんだからな。
 乗客は一時的に全員バスを降りるように言われた。その時、歩くなどして軽く動くよう勧められた。
 何でも、エコなノミの野望がどうとからしい。後、将校軍とか決戦とか。意味不明だぜ、ったくよぅ。

「怖いわねぇ、エコノミー症候群」
「そうねぇ、血栓ができちゃうらしいじゃない。ちゃんと予防しないとねぇ」

 おぅ、そうそう、それそれ。うたた寝してたから、盛大に聞き間違えちまったぜ。
 後、水分も取れとかで、ほぼ乗客全員がサービスエリアの喫茶店で、くつろいでいた。

 俺はモーニングセットを食した後、プカプカとタバコの煙で輪を作っていた。
 喫煙コーナーだから、人目を憚る必要も無い。

「さて、今月のダークプリンセス今日子先生は、っと……」

 ダークプリンセス今日子先生の占いは、俺が唯一見てる占いだ。
 先月は『今月のあなたは大切なものを他人に横取りされるかも。大ショックでしばらく寝込みそう』だった。
 バチコーンと当たりやがった。俺の渚が小僧如きに奪われちまったからな! そのせいもあって、無視できねぇ。
 机の上でパラパラと雑誌を広げ、占いページを開く。ちなみに勿論、今月号だ。

「蟹座、蟹座、蟹座……お、あった」

“今月のあなたは旅先で運命の出会いがあるかも。出血大サービスで二人の距離が急接近間違いなし”

「かっ、罪作りな男だぜ……」

 悪ぃな、早苗。どうやら、女から見て、俺は魅力的過ぎるらしい。
 いや、俺の魅力は女だけに留まらねぇ、男も惚れる男! それが俺、古河秋生だ!
 だがな。安心しろ、早苗。俺にゃ、お前しか眼中にねぇぜ!



 そん時、俺はその占いの意味をまるで理解しちゃいなかった。




とあるパン屋とバスジャック少年

第二話

「Guy meets Boy」

written by ぴえろ




 県を幾つも超える程の長距離をバスで行く時、必ず目にするものがある。
 自然だ。今、俺の乗る高速バスは峠を走っている。
 薄暗い橙色のライトの灯ったトンネルと、ガードレールの向こう側に広がる自然の木々と山々。
 正直もう飽き飽きだ。肘で支えられている俺の顎は、何度となく、生アクビを噛み殺していた。

 俺はアウトドア派なんだよ! 木々と言えば、草笛とか虫取りとかだ!
 長時間ジッとしているなんざ、俺の主義じゃねぇ! 俺がジッとしてる時なんてのはぁ、ガンプラ作る時だけだぜ!
 ちっ、ガキの頃、通信簿に“秋生くんは、もう少し落ち着きましょう”って書かれたの、思い出しちまったぜ……。
 何だよ、これじゃまるで俺の精神年齢は小学生で止まってるみてぇじゃねぇか!

「(あぁ〜、ダメだ。退屈過ぎて死んじまう……)」

 クタっと草臥れたように首を折る。俺様の強靭な精神力ですら、もう限界に近い。
 何もするな。それが俺に対して最も効果的な拷問だった。
 せめて、学生連中がUNOかトランプしてたならなぁ……と思う。
 そしたら、「ヒャッホォーィ! 俺も混ぜちくれぃっ!」と喜び勇んで乱入してやるんだがなぁ……。
 特にそれが大富豪なら尚良し。
 “革命には革命返し。揺るがぬ絶対王政。『カイザーアッキー』”と称される俺様の実力を存分に見せ付けてやるんだが……。

 俺は首を折った状態のまま、チラリと車内に目をやった。

 シートは3列シート。独立したシートが1列と、2列並びのシートが縦列している。
 俺が座っているのは、1列シートの席。他に知り合いも居ないから、ここで良かった。
 2列シートに座っているのは、アベック……じゃねぇ、カップルだったり、老夫婦だったり、子連れの親子だったりだ。
 おそらく、大半が旅行か何かで、大切な思い出作りのために高速バスを利用しているのだろう。

 学生連中の浮かれた思い出作りなら兎も角、家族や恋人との思い出の中に入り込もうとまでは、流石の俺も思わねぇ。
 もし、俺が渚や早苗たち……あぁ、後ついでに小僧と旅行するなら、やっぱり家族だけで楽しみてぇからな。
 ……尤も、俺があの町から離れることなんざ、今回限り金輪際ねぇだろうが。

 俺は自分勝手だが、傍迷惑な人間じゃねぇ。
 だから、車内じゃ寡黙でダンディな大人でいることにした。……タバコも車内禁煙だから吸ってねぇ。
 俺がおとなしくしてやっていることが、このバスの人間のためになるってなモンだ。

 しばらく、そうやってボケ〜っとしていた。
 すると、正確な方向は分からねぇが後ろの方から騒がしい声を耳にする。

「なぁ、親父。まだ着かないのかよぉ?」
「あぁ、もうすぐだ」
「ちぇっ、もうそれ五回目だよっ」
「今度は本当だ。座って待ってろ」
「ホントにホント?」
「ホントにホントだ」
「ホントにホントにホント?」
「ホントにホントにホントだ」
「……親父、実は若ボケ始まってるんじゃ――」

  ゴズッ!

「うげっ! 即ゲンコツかよっ! 子供相手に凶器アタックしないでよっ!」
「うるさいからだ。お前、誰に似たんだ? 忍耐、無さ過ぎるぞ」
「間違いなく、アンタの息子だよっ!」

 ……あの若ぇ父親のあの対応。まるで小僧みてぇだな。

「……ねぇ、お母さん。あたし、OM5に突入しそう」
「え? OM5って、何かな?」
「……決まってるじゃん。“オシッコ漏れる五秒前”ってこと」
「うぐぅっ! すぐそこにトイレあるのに、何でそこまで我慢してたのっ!?」
「……自分がどこまでトイレに頼らず、人生を生きていけるかが知りたかったの」
「子供がすることじゃないよっ!? ど、どうしようっ!?」

 焦った赤いカチューシャをした母親(これまた若ぇ)が、身を乗り出し、前の席の若ぇ父親に問いかける。
 どうやら、二人は夫婦みてぇだな。と、なるとあの変なガキ二名はアイツ等の子か。

 しかし、OM5って、あからさまに一昔前に流行った言葉モジってるじゃねぇか。
 ……てか、あのお譲ちゃん。実は何歳なんだ?

「人間の生理的限界――“膀胱限界”をその歳で超えようというのか……我が娘よ。
 だが、今の貴様では無理だ! しかし、貴様のそのトイレット魂には感服したぞ!
 よって、相沢家伝来の秘策を授けよう。――汗だ。干からびる程汗を掻くんだ。
 そうすれば、オシッコの水分も無くなる! それでおびただしい尿意を退けるんだ!」

 あ、ヤベェ。あの若造、アホだ。
 とんでもなくアホな野郎と乗り合わせちまった。

「……ラジャー、パパ。やってみる」

 若ぇ父親の馬鹿な提案に、親指を立ててコクッと頷くチビっ子娘。
 見た目は母親似だが、ありゃ、中身は父親似だな、絶対。

「聞いたボクが馬鹿だったよっ! どいてどいてぇぇぇ〜!」

 赤いカチューシャをした母親は、チビッ子娘の脇に手を差し込むと、さっさとトイレに駆け込んだ。
 ……いや、誰も邪魔してねぇんだけど。

「(何だあの家族は……あんなアホアホな家族が実在すんのかよ。広ぇな、世の中ってのは)」

 流石にあぁはなりたくねぇな。ま、ウチは小僧以外は、インテリ系だから心配ねぇか!

「(……本当に俺が居なくても、ちゃんとやってんのかねぇ?)」

 あのアホアホ家族に影響されたのか、妙に淋しい気持ちになる。
 俺は遠く離れた自分の住む町に思いを馳せた。

「つーわけで、磯貝さん。二日程、俺は居ねぇ。
 だから、その分、早苗も忙しいから、早苗のパンは生産休止だと思うぜ」
「えぇっ! 本当かい、秋生さん! アレなしじゃ、この先の人生やってけないよ!?」
「まぁ、嫌う気持ちは分かるが……って、逆っ!? そんなに好きなのか、アレがっ!?」
「いや、最初は凄かったけど、今じゃ毎日、早苗さんの新作パンが楽しみで仕方が無いねっ」
「そ、そうか。……磯貝さん、何か目ぇ血走ってるけど大丈夫か?」
「え? あぁ、すまないね。早苗さんのパン食べれば、治るから気にしないで」
「…………」

 ……悪ぃな、磯貝さん。いつの間にか、早苗のパンのせいで人間辞めてたんだな。
 そんな中毒性があったとは……おっそろしいな、早苗のパンは。
 二日間だけだが、正しい味覚を取り戻してくれ。

「(あ、しまった。ガキどもに俺がシーズンオフに入ったことを知らせんの忘れてた……)」

 確か、リトルリーグの補欠してるガキの練習に付き合う約束があったな。
 悪ぃことしちまったな。……まぁ、小僧が何とかするだろ。
 あいつも何だかんだ言って、甘ぇ奴だからな。

 古河パン屋……味落ちたりしてねぇかな。
 ま、常連連中は早苗の魅力で引き寄せてるようなモンだから、大して関係ねぇかもしんねぇがな。
 やっぱり、職人としちゃあ、気になるぜ。

「大丈夫ですよ、秋生さんっ。私がついてますからっ」

 ヤベェ……凄まじく心配になってきやがった。
 俺が居ないことで、逆に張り切りすぎて、例のブツを大量生産してねぇだろーな?
 まさか、帰ってきたら、町中の人間がゾンビみてぇに早苗のパンで苦しむ人々で溢れ返ってるんじゃ……。

 ………………
 …………
 ……

「――頼んだぜ、小僧」

 最終防衛線の小僧に任せるしかなさそうだ。

 ……いや、待てよ。
 そもそも、ようやく、チ○コ生え揃ったような奴に俺の店を任せて良かったのか?

 俺がいない今、古河パン屋は言わば、○ンダム不在の木馬みてぇなモンだ。
 小僧なんぞ、戦力としてはコア○ァイターぐらい役に立ちやがらねぇだろう。
 だが、それでも奴は、性別的には男だ。
 つまり、古河パン屋には今、男一匹と女二人しかいねぇことになる。……どう考えても、これはヤベェ。
 しかも、あの野郎、渚とやることやってねぇらしいからな。
 まぁ、その男気は汲んでやるが、今はそれこそがリスクファクター……危険因子だ。

 鬼の居ぬ間に……ってことも考えられるんじゃねぇのかッ!?
 マイラブリーエンゼル渚とマイビューティフルワイフ早苗。
 普通に考えて、この両セット付きの据え膳を食らわんとせぬ男が存在するか!?

「いやぁ〜、早苗さんの料理って美味いっすね」
「ありがとうございます」
「お母さんの料理は本当に美味しいです」
「早苗さんって、どんな料理でも出来るタイプなんですか?」
「はい、和洋中、大概できますよ?」
「お母さん凄いです。私は和食だけです。えへへっ」
「俺、腹減ってるんで……もう一品頼んでも良いですか?」
「はい、喜んで♪」
「私もお手伝いします。朋也くんは、何が食べたいんですか?」
「それはな……親子丼だぁぁぁ!」
「「キャアァァァー!」」

 しまった! これは罠だッ!
 偶然に便乗した小僧の巧妙な罠だ! だから、あんなにも強情に勧めやがったのか!
 えぇい、小僧めッ! やるようになったッ!

「うぉぉぉ、降ろせぇ! 今すぐ、俺を降ろせぇぇぇー!」

 俺は、席を降り、運転手のオッサンの肩を掴んだ。

「な、何ですか、急にっ!? 吐き気でも催されましたか!?」
「俺じゃねぇ! 渚と早苗が、吐き気催しかねないことをされそうなんだよっ!」
「お客さん! こんな山奥で電波受信しないで下さいっ!」
「仕方ねぇだろが! 俺様はニュータイプなんだよぉぉぉー!」

 寡黙でダンディな大人? この俺様にんなレッテル、貼り付けてるんじゃねぇっ!
 やっぱり、ジッとしていることなんざ、俺には不可能だぜ!

「なぁ、親父。あのオッサン、すんげぇ五月蝿くねぇか?」
「無きにしも非ずだな。お互い、あぁはなりたくないモンだな」

 あの生意気な若造とガキ。まとめて、チ○コ、ちょん切ってやろうか……。

「と、兎も角、後十分ほどでサービスエリアに着きますから……」

 そう言って、運転手のオッサンは、マイクで乗客に知らせた。





 小昼時。
 既に古河パン屋の客入りはピークを過ぎ、俺の知る閑散とした古河パン屋の姿へと移りつつあった。
 早苗さんは俺たちの昼飯を作るため、台所に引っ込み、俺は渚と世間話に花咲かせていた。

 最初はお互いの初恋について語り合っていた。
 店には、早苗さんの焼いたパンの香ばしく優しい匂いが満ち、心を和ませる。
 そして、俺の傍には穏やかに微笑む渚が居る。……大きく激しくはないが、慎ましい幸福な一時だ。

「でも、やっぱり接客は慣れないな」
「そうですか? 私はお客さんと色んなお話ができて楽しいです」
「それは渚はお手伝い歴長いから、顔見知りも多いだろうけど、俺は違うからな」

 多分、加えて渚自身の性格もあるのだろう。なんといっても、あのオッサンと早苗さんの娘だからな。
 初対面の人間でも、人を毛嫌いすることがない。

「そんな……皆さん、とても良い人です。朋也くんだって、すぐに打ち解けられると思います」
「いや、誰も常連さんが冷たいだなんて言ってないだろ? これは俺の性格の問題なんだ。
 俺は知らない人間と無礼講に話すことはできても、節度もって接するとかできない性質だからな。
 何も言わないケーブルとか街頭とかを相手にしてた方が気が楽だ」

 あいつらは文句とか感情とかがない。良くも悪くも、全部こちら次第だ。
 つまり、正しい対処さえ覚えてしまえば、後は流れ作業みたいなもんだ。
 ……尤も、そこに至るまでが地獄だけどな。

「やっぱり、朋也くんの方が凄いです。私、機械とか全然ダメですから……」
「いや、そっちの方が凄いだろ。一人ひとり個性が違う人間にちゃんと応対してるんだから」
「いいえっ、朋也くんの方が凄いに決まってますっ!」
「決まってるってなんだよ。決め付けるなよっ、渚の方が凄いに決まってるだろう!」
「朋也くんですっ!」
「渚だっ!」
「朋也くんっ!」
「渚っ!」
「朋也くんの方が、背が高くてカッコ良いから、絶対、朋也くんですっ!」
「渚だって、小っちゃくて可愛いから、絶対、渚だっ!」

 ………………
 …………
 ……

「お二人とも、相変わらず、ラブラブですね」
「「いらっしゃいませ! って、公子さん(先生)!? いつからそこに居たんですかっ!?」」

 レジ前には公子さんが立っていた。どうやら、二人とも気付かないほど白熱して繰り返していたらしい。

「小一時間ほど前からでしょうか?」
「小一時間もですかっ!? 私、恥ずかしいですっ」

 おぉ、渚。今まさに俺もそう思ったぜ。以心伝心だな。

「冗談です。実は十分くらいですよ」
「何だ十分っすか……って、以外と長いっ!?」

 十分間も、人前でラブラブ光線を出しまくってたのか、俺!?
 くそっ、なんて恥ずかしいことを! 芳野さんだって、こんな恥ずかしいことはしないだろうに!
 つか、良く考えたら、相手を褒めあう喧嘩って……ついに俺もアホアホ化しつつあるのかっ!?

 ちなみに公子さんのパンは、口止め料込みで端数は切っておいた。



  ※ ※ ※



  トゥルルル トゥルルル

 古河家の電話が鳴った。

『あ、すみませ〜ん。今ちょっと手が離せないので、どちらか出てもらえます?』

 台所の奥から、早苗さんの声を聞き、

「あ、は〜い! 俺、出ますねっ!」

 奥の早苗さんに聞こえるよう、俺は大声で返事を返した。

「それなら、私が出ます」
「いや、いいからいいから。あ、ほら、お客さん来たぜ?」
「あ、いらっしゃいませっ」

 客は渚に任せた。
 実の所、古河パン屋で働いていた頃から、間隔空いているから、パンの値段全部覚えているか自信がなかったりする。
 俺は古河家の電話前に立ち、受話器を取る。

  カチャっ

「はい、もしもし、古――」
『小僧ぉぉぉ! 俺はお前と義兄弟になるつもりはねぇぇぇ!!』

 意味不明な怒声が俺の鼓膜を突き破らんばかりにキーンと響いた。
 思わず、受話器から耳を離し、空いてる手で耳栓をする。
 この声……つか、こんなことしやがるのは、オッサンしかいない。

「オッサンっ! 声デカ過ぎだからなぁぁぁ!!」

 お返しに俺も受話器に向かって、叫び返した。
 向こうも、耳鳴りに喘いでいるだろう。ざまぁーみやがれ。

『デカい声出すんじゃねぇっ! てめぇ、俺の鼓膜破る気かっ!?』
「ただ単にやり返しただけだからな。で、何か用か? あんたのパン屋なら平穏無事だぞ」
『いや、今はそんなことはどうでもいい。……時に小僧。てめぇ、まさか親子丼食ってねぇだろうな?』
「はぁ? いや、食ってないけど?」

 つか、昼飯自体がまだだ。

『そうか。なら、親子丼だけはやめとけ』

 俺は一旦、受話器から耳を離す。通話口を手で塞ぎながら、早苗さんに問う。

「早苗さぁんっ。今日の昼飯ってなんすかぁっ?」
『今日はエビドリアですよ、朋也さんっ』

 電話に戻り、

「親子丼はありえないぞ、オッサン」
『ん、そうか。なら、いい。小僧、帰ったらエロ本やろう』
「何故にっ!?」

 急展開過ぎる会話だった。接合点がまるで分からない……。
 きっと、オッサンとマジ○ルバナナしたら、楽勝なんじゃないだろうか?

「俺が親子丼食ったら、何かマズいのか?」
『……小僧。てめぇ、もしかして、親子丼が好きなのか?』
「うんまぁ、嫌いじゃないな。学食じゃたまに食ってた」
『てめぇの血は何色だぁぁぁっ!? 青紫かっ!?
 ピッ○ロなのかっ!? それとも、フ○ーザかっ!?
 宇宙人に地球人の倫理は通用しねぇってことなのかぁっ!!?』

 あぁ、もうダメだ。このオッサン、ついに壊れちまった。きっと、タバコの毒がついに頭に回ったんだな。
 俺とオッサンの関係なんて……ライバル、いや、天敵が関の山なのに、義兄弟だとか、気味の悪――。
 ……ん? 義兄弟? 親子丼? ――っ!

「オッサンっ! てめぇ、俺が渚と早苗さん襲うと思ってるなっ!!?」
『あん? てめぇ、俺が居ないのをいいことに、二人をみみっちい性欲の餌食にしようとしたんじゃねぇのか?』
「そ、そんなワケないだろうがっ! 昼飯のことだと思ったんだよっ!」

 当然、そんなワケがない。
 が……全部じゃないが、ちょびっと当たってるだけに力強く否定できん。
 早苗さん好きだし。も、勿論、家族としてだ。下心は無いっ!
 それに朝起きた時、渚に“朝からムラムラする”とか“あぁ、くそぅっ、もどかしい”とか言っちまったし。

『ふんっ、まぁ、いい。てめぇにその気ねぇならな。豆腐でも食って、歯折れやがれ』

  ブツッ  ツーツーツー

 オッサンの野郎、一方的に切りやがった。……ちなみに、豆腐に固いイメージは皆無だからな。
 え? つか、まさか、このためだけに電話してきたのか?





 サービスエリアでの休息は十分程度と短い。
 休息はあっという間に過ぎ、高速バスは再び走り出した。

「ったく、杞憂だったとはな……」

 心配させやがって! その気がねぇなら、最初から言っとけっての!
 俺はバスの車内で小僧への不平をブツブツと並べていた。
 そして、いつの間にか、それは団長への愚痴へと変わっていった。

「(大体、団長の野郎が俺の分しかチケット寄越さなかったから、変な心配する羽目になっちまったんだ)」

 そもそも、後二枚用意してくれりゃ、俺一人出て行く必要なんかなかったんじゃねぇのか?
 早苗と渚を連れて、小僧一人を店に残す。そっちの方が完璧じゃねぇか!

 ……いや、それだと、一日にして店が潰れちまうか。

 早苗の魅力を欠いた俺のパン屋なんぞ、180mm低反動キャノン砲を装備し忘れたボ○ルよか儚ねぇぜ……。
 かっ、あちらを立てればこちらが立たずかよっ! やっぱ、俺が一人来るしかなかったのかっ!?

「……久しぶりにやるか、アレ」

 ジーンズのポケットから財布を取り出し、五百円玉を取り出す。
 そして、それを親指を押さえた人差し指の上に置く。

「(俺一人来た方が良かったら、表。やっぱ、早苗と渚も連れてきた方が良かったら、裏)」

 ちなみに500の方が表、と心の中で呟き、五百円玉を弾いた。

   ピィィン

 凛とした金属音が鳴り、目まぐるしく五百円玉の裏表が変わって、宙を舞う。
 やがて、それは自然落下し、手の甲に着地すると同時にコインを押さえつける。

 ゆっくりと開くと……表だった。

「(ふんっ、やっぱいつだって俺様の判断は正しいぜ!)」

 昔、劇団に入っていた頃、俺はよくこんな手軽な賭けをしていた。
 対戦相手は大概、団長。正直言って、カモだった。
 よく掃除当番代わりにやってもらったり、奢って貰ったりしたっけな。

 ――今となっては、懐かしい思い出だぜ。

 良しっ、調子出てきた。

「(団長の無精髭は更に伸びてもみ上げと合体してるなら、表)」

   ピィィン バシッ!

 ……表。
 ぶははっ、やっぱあの頃から伸びてやがるのか!

「(団長のひょろ長いチ○コは未だ健在なら、裏)」

   ピィィン バシッ!

 ……裏。
 ぶははっ、変わってないのかよっ!

「(ヤベェ、ちょっとハマってきたぜっ)」

 ニヤニヤとガキみてぇな笑みが広がっていくのが自分でも分かった。

「なぁ、親父。さっきのオッサン、今度はニヤニヤし始めたぞ?」
「あぁ、よく見とけ。あれが“スケベ親父”の顔だ。別名“セクハラ親父”とも云う」

 あの親子のチ○コは絶対ちょん切ってやる。
 次のサービスエリアにたどり着いてバス降りたら、即実行だ。この野郎っ!

「ふ〜ん、ホントに何か犯罪の臭いがしてくるよっ。お風呂上りのお母さんを見る親父と同じ顔している!」

  ゴズンッ!!

「うげっ! 今、本気出したでしょっ!? 頭、割れそうだったよっ!」
「大丈夫だぞ。最初から割れてる」
「あ、ホントだぁ〜、って! それ、おしりだよっ!?」
「頭がケツか……我が子ながら不憫だぞ? 生まれながらに公然ワイセツ罪を犯すとは……」
「親父、公然ワイセツ罪って何だ?」
「皆が居るような所でY説、つまり“ヤヲイの素晴らしさ”を説いた罪だ」
「それだけで罪になるのっ!? そんなに悪いヤヲイって何なのっ!?」
「それはお母さんに訊け。俺の口からはとても口にできん。嗚呼、恐ろしや恐ろしや……」

 あ、ヤベェ。あの若造、アホを超えたスーパーアホだ。
 やっぱ関わんの、やめとこ。……アホが移る。



  ※ ※ ※



 俺が乗ることとなった高速バスは地方へ行くタイプの長距離バスだ。
 こういうのは、多くの停留所にこまめに停車して乗客を拾って行く。俺もその一人だ。
 そして、幾つ目かの停留所で、ちょっとした事件が起こった。っても、マジで大したことじゃねぇ。

 ――少し間の抜けた坊主がいただけだ。

 バス会社とかで違ったりするらしいが、高速バスの座席ってのは、座席指定制、予約が基本だ。
 予め、バス会社と何らかの手段で連絡を取り、乗車券を購入。出発日にそれを見せて、乗車する。これが正しい筋だ。
 だが、坊主と運転手のやり取りを聞く限り、坊主は乗車券を買い損ねたらしい。
 そのため、飛び込み乗車と相成ったが、坊主の乗車は許可された。
 ま、予約が無いと乗れねぇって頭固い対応で競争社会を勝ち抜いていけるわきゃねぇから、ある意味当然だがな。
 幸い、席はギッシリってわけでもなかったから、坊主は車内で運賃を精算することで乗車が許可された。

「おぅ、良かったな。坊主」

 運転手の傍。ウロウロと座りたい席を目で探す坊主に、俺はそう呼びかけた。
 坊主はビクッと一瞬震えたが、引き攣ったような曖昧な笑みの後、軽い会釈をした。

 坊主の年齢はおそらく、小学生高学年ぐらい。いや、中学一年か?
 俺と比べりゃ、当然小柄だが、この年なら中肉中背ってトコだった。
 顎のラインは整っているが、前髪が見えねぇんじゃねぇの?ってぐらい長いから、容姿は良く分からない。
 どちらかってーと、女顔なんじゃねぇかな? ……いや、やっぱよく分からねぇけどよ。

「出発しますので、席にお着き下さい」

 運転手の軽い催促に坊主は、最前列の端っこの席を選んだ。丁度、俺とは一個席を挿んだ所だ。

「荷物、網棚に置かねぇのか? 置くなら、手伝うぜ?」

 坊主は結構大きめのスポーツバッグを肩に掛けていた。邪魔そうだったから、訊いたんだけどよ。
 車内の窓側天井部には網棚がある。
 あんまりデカすぎんのは、トランクルームに預けたほうがいいが、一応、ここにも荷物は置ける。
 まぁ、坊主の身長なら何とかってトコだが、俺の長身ぶりなら余裕の高さだぜ!

「あ、いえ……ここで結構です」

 声をかけた時、俺と目が合う。
 が、サッと視線を逸らすと、坊主は俯き、控えめに断った。目線の先、膝の上にはスポーツバッグがあった。
 その後も坊主は絶え間なく貧乏ゆすりをしたり、チラチラと窓からバスの後ろを振り向いたりと落ち着かない様子だった。
 何か妙に気弱な坊主だな? ――それがこいつに対する俺の第一印象だった。







坊主のソワソワした態度の理由。

それは次の停留所に止まろうとした時、分かった。

全部じゃなくてもよ。……輪郭は分かるぜ。


『そこのバス、止まりなさいっ!』


迫るパトカー。唸るサイレン。回る赤色灯。刑事の怒声。驚く坊主。

そして


「と、止まるなぁっ! 進めぇぇぇっ!」


包丁持った坊主の脅迫。

ここまでヒントがあって、状況の分からねぇ程、アホな子はいねぇだろ?

つまりはだ……



何か面白ぇコトになってきたってコトだっ!



別のを見る。





 ぴえろの後書き

 どうも、読了ご苦労様です。読者の皆様方。
 今回はギャグに全力を注いでみました。どうでしたか? 楽しかったでしょうか?
 前半……最後の一節まではクラナドBGM“馬鹿ふたり”のイメージで書きました。
 「アレ?ジャンルはシリアスじゃなかったっけ?」と云う幻聴が聞こえる気がします……。
 しかしですね。アッキーですよ? ギャグ入れずして何がアッキーですかっ!?と主張しておきましょう。
 まぁ、最後はシリアス完結予定ですから、ご安心を。
 ちなみに原作での時系列では、文中にもあるように「朋也たち、お昼にエビドリア食べる」辺りです。
 え、どこにそんな会話がって? 暗転時の一瞬の出来事です。しょ、省略された部分とゆーことで。(汗)

 ここで一つ言い訳をば。

 ヒゲ面団長が出てますが、これは灯哉さんの「雪花の光」のキャラです。無論、認可済みです。
 後、あの二人子連れの夫婦。「名前出さなくてもバレバレだろっ!?」って人は笑って許して下さい。
 ま、物語に支障無い程度の扱いですから、「元ネタ分かんねぇーよ」(100%居ない?)って人は無視して下さい。

 次の話でまた会いましょう。ではでは!(^^)/

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